「白い罌粟(けし)」
立原正秋
角川書店(立原正秋全集第三巻)

2010.5.1
1966年直木賞受賞作品。金貸業者を踏み倒す事を仕事にしている奇妙な男にひかれて、その不可解な魅力と付き合っているうちに自らも破滅してゆく中年の教師を描いた作品。作者は「私小説は小説本来の姿をゆがめるもの。想像力だけが作家の生命と思う。虚構の中に人間の美しさ、哀れさを描く」と言っているが、この小説は、まさに創られた小説の魅力そのもの。どう展開するのか気になり、読み進む前にページをめくっていた。他の作品も是非に読みたくなった。
「百」
色川武大(たけひろ)
新潮社

2010.5.2
1982年川端康成文学賞受賞作品。95歳の老耄の始まった元軍人の父親と、無頼の日々を過してきた長男他、家族との異様な関係を綴った私小説風作品。この人の履歴を読むと、とてつもない人生を過ごした人で、享年60歳だか死因は心臓破裂。それだけでもこの方の生きざまが分かろうというもの。是非に直木賞受賞の「離婚」を読みたい。この作者は阿佐田哲也(朝だ、徹夜)名で「麻雀放浪記」等多くの作品を発表している。
「台所太平記」
谷崎潤一郎
中央文庫

2010.5.3
谷崎潤一郎、76歳の時の最後の長編作品。昭和10年から昭和30年にかけて谷崎家に雇われた二十名を超える歴代の女中さんのエピソードを書いたもの。全編に今まで仕えてくれた女中さん達への感謝の気持ちと同時に、如何に女中さんのお陰で楽しかったかが語られている。本人喜寿のお祝いでの万歳シャン、シャンの手締めで本作品は締めくくられているが、最後の最後、本当にほのぼのとした心温まる、この作品で谷崎文学を閉めているような気がしてならない。本執筆の三年後、79歳にてに谷崎は死去する。全集をゆっくり読みたい。
「時代屋の女房」
村松知視
角川書店

2010.5.4
1982年直木賞受賞作品。時代屋という名の骨董屋に居着いた形で女房になった女がひょいと出て行ってしまった。過去にも三度ほどあり、七日目には帰って来たのだが果たして今回は、と云う話。選者評では「ほとんど完璧に描かれていて注文のつけようがない。この手の小説こそ実は小説の本道」と評価は高い。しかし私には、どうもピンとこない。「人間、拠るべき処を持つ事が安寧の根源なのだ」と言っているのか。
「高安犬物語」
戸川幸夫
小学館

2010.5.4
1954年直木賞受賞作品。高安犬として純血を保っていた最後の犬、手負い熊を噛み殺し、大鷲をたたきおとし、土佐闘犬横綱にも勝ってしまうチンの物語。面白い本は最初の数ページで分かるものだ。筆致が生きていて迫力ある情景が迫り、最後まで息をつかせない。傑作。
「情炎」
立原正秋
角川書店(立原正秋全集第三巻)

2010.5.5
亭主に相手にされないばかりに、亡くなった母の男と関係を持つ。その濡れ場に亭主が乗り込んで来るという展開だが、この作者の筆にかかると醜ささ、嫌らしさがない。愛されない女の哀れさ、三界に家なしを考えてしまう。事実よりも奇なる小説を作れる作家だ。創られた小説を目指す姿勢が徹底されている。全集を読破したくなる作家だ。  
「ブロンズの首」
上林暁
筑摩書房(上林暁全集第12巻)

2010.5.5
1974年第一回川端康成文学賞受賞作品。彫刻家久保孝雄制作のブロンズ像の話。上林暁追悼文の一つに「誰しも眼をそむけかねない境涯にひるまず、逝去するまで病床にあって長期間私小説一辺倒の精根を傾けた上林君は、恐らく空前絶後となる作家の典型であろう」とある。本作品は、亡くなる三年前の執筆であるが、18年の闘病生活の疲れ等一切見せず、淡々と綴られている。
 
「思い出トランプ」
向田邦子
新潮文庫

2010.5.6
十三篇の短編集。「かわうそ、だらだら坂、はめ殺し窓、三枚肉、マンハッタン、犬小屋、男眉、大根の月、リンゴの皮、酸っぱい家族、耳、花の名前、ダウト」の十三篇。このうち、「花の名前、かわうそ、犬小屋」の三篇で1980年直木賞受賞。男と女の日常を心憎いばかりの向田タッチで繊細に描いた短編集。新潮文庫100冊2009に選ばれている。その注釈に「心に沁みる。泣けてくる。これぞ不滅の恋愛小説」とあるが、私の好きな100には入らない。言葉使いの巧みさには感心するが、心に響いてこない。
「遠謀 密命・血の絆」
佐伯泰英
祥伝社文庫

2010.5.7
人気時代小説作家、佐伯泰英の人気シリーズ「密命」第十四弾。八代将軍徳川吉宗を激しく憎む尾張徳川家の陰謀と刺客に立ち向かう金杉惣三郎と、剣の道に邁進する息子・清之助の物語。愛娘、結衣の突然の出奔、時同じくして柳生の里にて修行中の清之助への尾張柳生の獰猛なる刺殺団の襲撃、最後には結衣救出の為、敵地尾張名古屋での尾張柳生家との壮絶な血戦と、面白くなければ小説ではないとの作者の思いで書き綴られているから、最後まで一気に読み切ってしまう。兎も角面白い。
「火車」
宮部みゆき
新潮文庫

2010.5.9
1992年山本周五郎賞受賞作品。また、同年直木賞候補。突然失踪した婚約者の行方を捜す事となったが跡を辿ると、その婚約者は他人の名を騙る全くの別人。いったい彼女は何者なのか、名を騙られた本人は何処に行ったのかと興味あるスタートで始まるミステリー。「何々」と思わず身を乗り出すのだが、なんせ話の進み方が冗漫で興味が引っこんでしまう。彼女の直木賞受賞作品「理由」もそうだがストーリーとは関係ない説明を省くのはどうなのだろう。「火車(かしゃ)」とは、生前に悪事をした亡者をのせて地獄に運ぶ、ひのくるま。
「人情馬鹿物語」
川口松太郎
論創社

2010.5.11
粋な江戸っ子と、分をさとった女たちの12話の人情物語短編集。ほのぼのとした情感に溢れていて心を揺さぶられる作品ばかり。江戸っ子の意地と、侯爵お妾さん、浮世節の女芸人、遊女、料理屋お内儀、女掏摸(すり)二代目、女博奕打ち他達との、ぶつかり合いに、激しい人生の移り変わり、人間の面白さが、ほれぼれするほどに描かれている。永久保存版としたい。 
「鶴屋南北の恋」
領家高子
光文社

2010.5.12
門前仲町の自前芸者で生きてきたが、10年来の自分の情人(いろ)の世話で鶴屋南北の囲い者となる話。しかも、その情人は南北の嫡男である。工夫を凝らしたかの如き言葉が連なるが、何がどうなのか良く分からない。時間を置いてまた読む事にしよう。
 
「海辺のカフカ」 上・下
村上春樹
新潮社

2010.5.14
「お前は何時かその手で父親を殺し、何時か母親と交わる事になる」という父の予言に反発し「誰かの思惑の中に捲きこまれた僕としてでなく、全くの僕自身として生きていく」 と家を出て行く話。理解不能な話に何処まで付き合わないといけないのかと苛立ちながら読み進む。「人間にとって本当に大事で重みを持つものは死に方。死に方に比べたら生き方なんて大したことではない」が結論なのか。奇怪な小説で好きにはなれない。
「憑神」
浅田次郎 
新潮社

2010.5.18
新潮文庫100冊2009の一冊。深川元町の御徒士組貧乏徒士侍が、破れ傾いた祠にたまたま手を合わせたばかりに、貧乏神、疫病神、死神と対峙しなければならぬハメになる異色幕末時代物。真の武士道とは、男の死にざまとはで最後は終わるのだが。
「離婚」 
色川武大
ちくま日本文学

2010.5.19
1978年直木賞受賞作品。「このたび、めでたく離婚いたしました」はずが、いつの間にか、もとの女房のところに住みついているという奇妙な男と女の世界が胸のすくタッチで描かれた傑作。出だしから最後まで句読点がないかの如く小気味よく読み進める事が出来る。
「人生を変えた時代小説傑作選」
文春文庫

2010.5.21
山本一力、児玉清、縄田一男、三選者に選ばれた時代小説傑作6小説。どれをとっても読書の楽しさを味合う事の出来る傑作時代小説。傑作中の傑作。 
「入れ札」
菊池寛

国定忠次一家は代官殺害で赤城山を去る事となるが、国越えをする際、連れていく子分を誰にするかで子分同士で入れ札(無記名投票)をする事となる。その時の子分達の駆け引きを描いた短編。人間の弱さがしっとりと綴られた作品。

佐渡流人行
松本清張

寺社奉行下級役人が妻との仲を疑い、相手方の男を陥れ、牢送り、遂には佐渡金山苦役送りにする話。最後にはどんでん返しの結末。松本清張とは何故か肌があわず久し振りであったが、どう話が展開するか、グイグイと惹きつけられた。人間の哀れさ、弱さが書かれた作品であるが、最高に面白かった。

「桜を斬る」
五味康祐

寛永御前試合での事。桜の花を散らさずに枝のみ斬れるならとの家光の特別の許しでの居合真剣勝負。橋の欄干から飛び込み、川面までの一瞬の間で居合の修行を修めた紀八郎は花一つ散らす事もなく、ものの見事に枝を落とす。かたや、相手方も音もなく一枝を斬る。太刀を鞘に収め二三歩歩み出した時、何と一斉に泣くが如く降るが如く全木の花びらはハラハラと散った。見事としか言いようのない作品。何が見事か。着想力の奇抜さ秀逸さ。

麦屋町昼下がり」
藤沢周平

夜道で襲われていた女を守ろうとして、剣の達人の父親を斬ってしまう。その達人の仇討にどう対処するかの話。サラッと読める剣豪小説。

笊ノ目万兵衛門外へ(ざるのめ)
山田風太郎

崩壊寸前の幕府を支える老中安藤対馬守の片腕となって活躍する鬼同心、笊ノ目万兵衛の物語。役目のため母と妻子まで失ってしまう男の凄まじい生きざまが、まさに襲いかかってくるような迫力で迫ってくる。文句なしに100冊入り。何十年前かに読んだ、この作家の「忍法八犬伝」での衝撃、感動を今回久し振りに思い出した。読みたい本が山ほどあるのだが、最優先で忍法八犬伝を再読したい気になった。

「仕舞始」
池宮彰一郎

「最後の忠臣蔵」という四連作集の冒頭作品。討ち入りの帰路、大石蔵之助からひとり生き証人として生き抜くことを命じられた吉右衛門の人知れぬ煩悶を描いた作品。涙を禁じえない感動作品。

「太陽の季節」
石原慎太郎
幻冬舎

2010.5.21
1955年芥川賞受賞作品。自堕落な生活をしている高校生が、銀座で知り合った彼女を、関心を示した兄に5千円で売りつけるといった通俗小説。アマチャア学生の青臭い作りものと言った感じで、最後まで読むのに努力が要った。同時収録のその他の短編は御免願った。
「鉄道員(ぽっぽや)」
浅田次郎
集英社

2010.5.21
北海道、かつての炭鉱町だった幌舞で、たった一人、風の日も雪の日も、奥さんが亡くなった時も、娘さんが亡くなった時も、鉄道員だからという事で駅のフォームで旗を振り続けた孤独な幌舞駅長の話。情愛溢れた作品。鉄道員を「ぽっぽや」と読ませるだけで作者の温かみが感じられる。
「取調室」
笹沢佐保
光文社文庫

2010.5.22
大学教授の父親が学生テニスチャンピオンの子を殺したのか。被疑者しか知らない事実を引き出す取調室での静かなる死闘をテーマにした推理小説。作者が晩年移り住んだ佐賀県が舞台。従来のミステリーではあまり注目されていない取調室に着目した斬新さはあるが、副題の「静かなる死闘」の迫力は感じられなかった。
「人間の条件」
森村誠一
幻冬舎

2010.5.24
カルト教団が引き起こす事件を描いた小説。家族一家失踪事件、ソ連密造拳銃、毒ガス散布テロと、これでもかこれでもかの某カルト集団事件まる写し。大切な創る姿勢は何処に行ったのか。途中で一度本を閉じたが失礼かとも思い我慢を最後まで。しかし、不快感は最後まで消えなかった。この著者のフアンがこの作品を読んだら悲しむに違いない。「森村ミステリーワールドの最高傑作」との宣伝。ふざけるのもいい加減にしろ。
「分身」
東野圭吾
集英社文庫

2010.5.25
北海道育ち、東京育ちの見ず知らずの女子大生二人が主役を務める話が交互に進む。一方の母親は自殺し、他方の母親は事故死。それぞれがその真相を究明していくうちに、お互いがお互いの分身としか思えない事態になっていく。まさにミステリヤスに展開し鳥肌がたつ。やはり小説はこうでなくてはいけないと云う見本のような作品。テンポが良い、筆致が爽やかで飾られていない、裏切られる展開、迫ってくる臨場感、何たって面白い、次回は「トキオ」を読もう。 
「帰路」
立原正秋
新潮社

2010.5.28
美術商の男の、教え子ともいえる若い女性との、やむないヨーロッパ愛の逃避行が、若い頃の米国人女学生との回想を織り交ぜながら語られているが、ヨーロッパを視る事で日本という行き着くべき、また己の拠ってきた場所を再認識する話。変化のある展開でもなく、仕組まれた材料が散りばめられている訳でもないのに、一語一句を逃してはなるものかと読んでいって仕舞う。54歳で亡くなった年に発表された作品。同氏の料理、芸術、あらゆる面での通暁ぶりも存分に覗われる。立原正秋がプンプン臭う本で立原フアンには堪えられない本だ。サリンジャーが云う「良い小説とは読後、作者に電話したくなる小説」に該当する作品。美味いもの・美術館・町並み巡りで是非にスペインに行きたくなった。「白い罌粟」に替わっての100冊入りか悩むところ。小説仕立てにしてあるが作者の考えを前面に出した本。
「博士の愛した数式」
小川洋子
新潮文庫

2010.5.29
事故で記憶力を失った老数学者と、彼の世話をすることとなった母子とのふれあいを描いた作品。無味乾燥な数式と、80分しか続かないという記憶を題材として,こんな心温まる愛の物語に書き上げた作者のすごさに感服。語り口も良い。淡々として無駄がない。子供が数学の先生になる終わり方に作者の思いが、優しさが込められている。鳥肌が立つ。元会社上司の勧めで読む。 
「鍵」
谷崎潤一郎
新潮文庫

2010.5.31
56歳の大学教授の夫と、古風な京都の旧家で育ち、旧道徳を重んじる45歳の生まれつき体質的に淫蕩な妻との閨房生活に関わるお互い夫婦の日記という形をとった作品。愛し合い、溺れ合い、欺き合い、遂には一方が滅ばされるに至る経緯が綴られている。正直良く分からず、面白くも可笑しくもなかった。カタカナ文には読むのに苦労した。谷崎70歳の作品で、谷崎文学の国際的評価を確立せしめたと云われている。日本でも発行の翌年にはベストセラーとなっている。

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2010.5