読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

「一升枡の度量」
池波正太郎
幻戯書房

2013.1.4
単行本未収録(一部を除く)の随筆集。小学生の時、両親が離婚。そして小学校を出ての直ぐの奉公と云う辛苦の波をくぐってきた男が、池波正太郎と、多くの人に愛された、また愛される事が納得できる随筆集。池波正太郎庄太郎ファンには逃せない、上品なしっとりとした随筆集。

「日本と云う小さな島国を一升マスに譬えてみると、戦後、その小さなマスへ、一斗も二斗もある宏大な国に生まれた機械文明を取り入れてしまい、国土も国民の生活も、これに捲き込まれて、どうしようもなくなってしまったのだ。現代日本の万事を物語っているのである。 どこまでも、一升枡には一升しか入らぬと云う事をしっかり頭に入れておくべきだった。」と池波正太郎は言う。そして、一つの生活共同体のようであった、かっての東京の下町は大きく変わり、現代の貧困が、かたちを変えて、例えば子供の自殺と云ったように、現れたのだとも云う。 
「鳴門秘帖」
吉川英治
吉川英治歴史時代文庫

大正15年8月から昭和2年10月まで、大阪毎日に連載。昭和2年刊行の平凡社版「現代大衆文学全集」(鳴門秘帖)は、わずか1円だったとの事。江戸時代中期、宝暦明和の頃、阿波藩の剣山の間者牢に押し込められたと思われ、十年余りも生死の消息すら絶たれた隠密組の宗家、甲賀世阿弥の消息を探ろうと阿波入りした、公儀隠密美剣士法月弦之丞をめぐり、敵味方入り乱れての波瀾万丈、奇想天外な物語。大衆文学を開拓した伝奇時代小説の祈念碑的作品。伊東光晴らによる「近代日本の百冊」(講談社)の中の一冊に選ばれている。

2013.1.9
「鳴門秘帖(一)」上方の巻、江戸の巻
女掏摸の見返りお綱が掏り取った紙入れの中にあった一通の手紙が、事件の発端であった。その手紙は、十年前に阿波へ入ったきり行方不明の駿河台の墨屋敷、隠密組の宗家、甲賀世阿弥に宛てたその娘、お千絵からで、また、その手紙を更に奪った目明し万吉と、宝暦事件以来七年、阿波の内情を探る事に腐心していた元天満与力常木鴻山も捲き込んでいく。お千絵の依頼で、甲賀世阿弥探索の為、阿波入りを目論んだ唐草銀五郎も刺殺されてしまい、お千絵と相思相愛であった大番頭の旗本の子息、夕雲流の使い手、法月(のりづき)弦之丞は、二度と帰るまいと決めていた江戸にお千絵に会いに戻る事となる。弦之丞を慕う事となってしまったお綱も、万吉共々、弦之丞を追って江戸へ。蜂須賀阿波守より法月刺殺内命を受けた原士、天堂一角も弦之丞を追って江戸へ。お綱を我が物にせんとする丹石流の据物斬りの達人、お十夜孫兵衛も、お綱を追って江戸へ。様々な人物が卍巴に入り乱れて物語は進む。

能弁なる講談師の語りとも思える綴りも加わり、助かったと思いきやまたまた窮地と云う波瀾万丈の展開が次から次へと続く。四十数年数に読んだ筈なのだが、全く覚えておらず、ドキドキワクワクの展開。

2013.1.12
「鳴門秘帖(二)」江戸の巻、木曾の巻、船路の巻
天王寺で掏り取られた紙入れ一つが、多市の死となり、銀五郎の最後となり、ひいては江戸の空まで、幾多の怖ろしい禍を波及した。法月弦之丞は、公儀の隠密として、他領者禁制の関をくぐって阿波に忍び込み、阿波の間者牢にいる甲賀世阿弥に会い、蜂須賀家の幕府を倒さんとする陰謀を暴く一つの証拠を掴むべく、命がけの阿波探索の密命を仰せつかる。気狂いになってしまったお千絵にも会わず江戸を発つ。何と何と、女掏摸の見返りお綱が、生死不明の甲賀世阿弥と仲之町の江戸芸妓との間に生まれた、武士の血を享けている出自と分かる驚愕の展開。木曾街道で大金をゴマの蠅に強奪された四国屋のお内儀を助けた縁で、四国屋の船の積荷に隠れて阿波に渡る手立てがつく。蜂須賀御家中に、誘拐(かどわ)かされて無理やり連れて行かれた阿波から逃げ帰ってきた、いろは茶屋川魚料理屋の癆咳患いの愛娘お米にも、再度阿波に戻るよう力添えを頼む。 
  
筋立ての面白さは言わずもがなであるが、情景が浮かび上がる綴り方が、何たってぴかいち。例えば、「近江訛りの蚊帳売りや、懶(ものう)い稽古三味の音が絶えて、ここかしこ、玉の諸肌を押し脱ぐ女が、牡丹刷毛から涼風を薫らせると、柳隠れにいろは茶屋四十八軒、立慶河岸の水に影を映していっせいに臙脂(えんじ)色の灯が入る。」と。堪えられないね。

2013.1.15
「鳴門秘帖(三)」船路の巻、剣山(つるぎざん)の巻、鳴門の巻
弦之丞は、四国屋の商い船の舳(みよし)から、お綱をひっかかえて鳴門の渦巻く狂浪へ身を躍らして阿波に渡る。甲賀世阿弥が、全身の血とぎらん草の汁を絞って、孜々(しし)と阿波陰謀を書き残した秘帖、血筆隠密書を巡っての争奪の争い。最後のクライマックス、登場人物全員参画の死闘。陰謀を企てた蜂須賀家については、阿波で、弦之丞が命を助けられた武士道の情義、心と心の答礼で、蜂須賀家の瓦解を見ずに永蟄居だけで落着する。後書の「弦之丞は両刀をすて、農となってその地で終わっている。夫と共に働いた女性は、お千絵であったとおもわれる。お綱は、遂に、その行方さえ知らずとなん」は、穏やかに心にすとんと落ちる見事な後書。この後書で読者は、全てが決着がついた後の虚ろな心が和む。

伝奇時代小説から、100冊の一冊に選ぶなら小生としては、柴田錬三「眠狂四郎無頼控」を選びたいもの。
「胡蝶の剣」
津本陽
角川文庫

2013.1.18
島津第二十八代藩主、島津斉彬の御供目付三原十郎の嫡男、三原林太郎は、十四歳の時、御前試合で手練の強豪、剣の練達者九人をなぎ倒し斉彬の目にとまり、江戸での撃剣修行を仰せつかる。そして神田お玉ヶ池の北辰一刀流玄武館道場で修練を重ねた後、斉彬の隠密となって斉彬の警固を担う事となり、反斉彬派の刺客たちとの凄まじい争いの日々をおくる事となる。若き薩摩隼人が剣一筋に幕末の激動期を駆け抜けていく姿が力強いタッチで綴られる。

薩摩弁、幕末期の薩摩藩の内情、薩摩藩御流儀の示現流 江戸の北辰一刀流等の剣術等など、溢れるばかりの話に感嘆するも、物語として面白いかと問われれば、Noだね。
「生々流轉」
岡本かの子
冬樹社

2013.1.21
読むのを止めた。独りよがりの理解し難い綴りが耐えられない。、「私小説は小説本来の姿をゆがめるもの」と云う立原正秋ではないが、この類いの小説は、林芙美子の放浪記どうよう、御免だ。伊東光晴らによる「近代日本の百冊」(講談社)の中の一冊。

小林秀雄が「最近の小説で、僕の心を読後感で一杯にしてくれた。烈しく、切羽詰まったものを感じ、味はひには原始的な、一念を掛けたと云った呪文の様な印象が残った」との論評もあるが、「呪文の様な印象」もよく分からない。
「あゝ野麦峠」
山本茂実
角川文庫

2013.1.27
時は、明治十年代から二十年代、舞台は、諏訪湖の畔、平野村(今の岡谷市)。貧しい飛騨の山村から口べらしで、飛騨と信濃を結ぶ野麦峠と呼ぶ古い峠道を越えて平野に向かった幾千幾万とも知れない飛騨の糸ひき女工(製糸工女)たちの哀しい歴史物語。野麦峠は、身ごもって帰る女工も多かった事で「野産み峠」とも云われたとの事。伊東光晴らによる「近代日本の百冊」(講談社)の中の一冊。

足掛け五年、四百名弱にも及ぶ工女だった老婆をひとりひとり、飛騨の村々を訪ねて、歴史の闇の中に埋もれていた、人身売買の意味合いをもあった女工達に光があてられ書き上げられた作品。生糸生産費の中で、原料代が81%に対し、たった4%しか占めなかった工女達が、明治の産業革命を成し遂げた事実を再認識。但し最後まで読む事能わず。この種の本で百冊の一冊に選ぶなら小林多喜二の「蟹工船」だと思うが。

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2013.1月