「誘拐児」
翔田寛
講談社

2010.8.1 
2008年江戸川乱歩賞受賞作。終戦翌年の誘拐事件。身代金の受け渡し場所に指定された闇市の混乱に巻き込まれ、警察は犯人確保に失敗するプロローグで始まる。15年後、家政婦殺人事件と誘拐事件の誘拐児ではないかという疑惑を持つ主人公の二つの事件が誘拐事件と思わぬ形で繋がっていく。331篇の応募作品から選ばれただけあって筆力があり最後まで緊張を維持させ飽きさせない展開。若干凝り過ぎの感はあるがプロローグは圧巻。
「鳥影」
北方謙三
角川文庫

2010.8.4
ブラディ・ドールシリーズ第8弾作品。三年前に別れた妻を救う為に男がブラディ・ドールの街にやって来る。反撥する息子との父子物語だが妻のみならずその子供まで殺されてしまう正に冷徹、非情。
「利休の死」
井上靖
新潮社(戦国英雄伝)

2010.8.6
千利休の最後を描いた作品。利休賜死理由は、巷間云われる大徳寺山門木像事件、茶器売買、娘の問題等でなく本質的に相容れぬ二人だけの問題としている。作者は、この作品の30年後、「本覚坊遺文」と同じテーマを追い求めている。作家の執念の凄さに驚き。
 
「十六歳の日記」
川端康成
岩波文庫(伊豆の踊子・温泉宿他四篇)

2010.8.8
75歳の祖父の死の予感におびえて祖父の面影を書き綴った日記。祖父の死の20日前から始まった13日分の日記。川端康成、15歳の時の日記なのに文句の無い文章に驚き。中学生1,2年の時に既に作家志望で祖父の了解は得ていたとの事。普通人とは訳が違う。
「石工と羅漢」
古谷恭介

2010.8.9
元勤務した会社の大先輩の作品。私には確か5作目と記憶するが一番良い。隠れ切支丹として品川仕置場で処刑されたヨハネ原主水を命の恩人と仕える主水の下男、石工職人の心打つ哀しい物語。主水の江戸での潜伏先の一人娘への淡い想いに対し、娘が異人宣教師の子供を孕んでしまうのも心を打つ。筋立ての巧みさからぐいぐいと惹きつけられ一気呵成に読んでしまう。巧みさに感心する。難を云えば、言わずもがなの饒舌さが気になる。また、今様の会話、今様の言葉が全体を味消しにしている。この二点が解決されたら文句なく私の好きな100冊入りだ。久し振りに清々しい哀しい作品にお目に掛かったと云う感じ。
「雨月物語」
青山真治
角川書店

2010.8.10
雨宿りの廃寺で会った匂いたたんばかりに美しい女人を、実はその女人、邪神、大蛇の化身と知らずに愛してしまう事から全てが始まる怪異物語。秋成雨月の、友との約束を守るため自決する「菊花の約」、7年留守にした家に戻ると待っていたのは幽霊の妻の「浅茅が宿」、大蛇の化身の「蛇性の婬」の三篇が物の見事に一つの物語となっている。幽玄溢れるタッチで展開し、その妖怪さに何度も身震いする。邪神の悪が悪ではなく、邪神を呼び寄せる人間の欲こそが真の悪と、人間の逃れる事が出来ない業が語られる、美しいそして哀しい、本当に哀しい絶品の作品。
「蟹工船」
小林多喜二
(株)金曜日

2010.8.12
蟹工船にて酷使される貧しい労働者達が描かれたプロレタリア文学代表作と云われるが、場面が船、登場人物は乗船者のみと云う設定でこれだけの迫力ある、最後まで一気に読ませる小説が書けるだろうか。何たって描写力が凄い、頭の中で書いていない。写実で描いている感じで、どんどん引き込まれ、どんと胸に響く。船内で亡くなった同僚の湯灌の際の表現「褌もシャツも赤黒く色が変わって、つまみ上げると硫酸でもかけたように、ボロボロにくずれそうだった。ーー 肛門の周りには糞がすっかり乾いて、粘土のようにこびりついていた」。この作家に優る筆力のある作家は誰なのだろう。
 
「岬」
中上健次
文藝春秋(芥川賞全集十)

2010.8.13
1975年芥川賞受賞作品。母と母の再々婚相手の義父、義父の連れ子の兄と四人との暮らしの話。最後は義理の妹と関係して終わる。もう止めよう、もう止めようと思いながら何とか我慢して最後まで読んだが全く訳の分からない作品。選者も「おそろしく読み難い」、「人物がゴチャゴチャして、描写も何もない」と酷評しているのになぜ受賞か分からない。作者本人も、中学生の時に母3人目の男性の戸籍に入籍しているので、この作品は私小説と思えるが、私小説は小説でなく、告白綴りに過ぎない。
「夢は枯野を」
立原正秋
中公文庫

2010.8.15
妻に二度逃げられた作庭家と、銀行頭取の娘として生まれ裕福な家庭の二人の子供までいる人妻との情交の話。ピンと張った緊張感で始まり、好きな立原正秋の作品だなぁと読み始めたのだが、作庭に関わる専門的な話が多く興味を削がれると共に、庭の石が作庭家の目になったり庭が生臭いとか凡人の理解を超えて難しい作品。
「小沢一郎完全無罪」
平野貞夫
講談社

2010.8.17
題名とは関係の無い、検察が自民党政権と協力して検察裏金を隠蔽してきたかを縷々、グタグタと書いてあるだけ。読み終わって何が書いてあったか思い出せない。余り好きにそうになれない小沢一郎、人となりを知ろうと開いたが、その記述は始めに数行あるだけ。ジャーナリズム物のバカバカしさ代表作。 
「まりえの客」
逢坂剛
講談社文庫

2010.8.18
「まりえの客」
別れた愛人がクモ膜下出血で倒れた。部屋からは、多額の借金の請求書、沢山の貴金属と男の影。洒落たミステリーサスペンス。
「アテネ断章」
出張でアテネに来たが、仕事が早く終わり時間の余裕が出来、観光をする。観光案内の女性に惑わされる話。
「最後のマドゥルガーダ」
スペインから戻ってフラメンコも楽しめる格式あるスペイン料理店を経営しているある日、父親を探しているという若いスペインの女性が訪ねてくる。スペインで思い出の女性と瓜二つに驚く。最後の一捻りが秀逸。
「昭和史1926 ー1945」
半藤一利
平凡社

2010.8.21
明治維新(1868)から日露戦争(1904)までの40年で日本は近代国家を完成させ、次の40年で滅ぼしてしまった。国をつくるのに40年、国を滅ぼすのに40年。戦前、戦中の20年間の過去の30冊以上の作者自身の関連する著書に加え、何と古川ロッパ、徳川夢声にまでおよぶ個人の日記、そして多くの個人の手記等に基づいた克明な驚愕の昭和史の集大成。作者の作業量の膨大さに敬服。学ぶ事のなかった昭和史を知る事が出来る貴重な本。歴史は人間が作り出すもの。この昭和の20年間は人間の英知より愚昧に、勇気より卑劣に、善意より野心に翻弄されていくのが良く分かる。作者の言葉ではないが、語るのもホトホト嫌になる、読者もホトホト読むのも嫌になる出来事が多く、ひとり昭和天皇だけが「見れども見えず」の類いでなかった一人、との感がする。「日本人は歴史に何も学ばなかった、いや今も学ぼうとしていない」との作者の言葉が胸に刺さる。必読の書。

「鯨神」(再読)
宇野鴻一郎
文藝春秋刊(芥川賞全集六)

2010.8.23
父親と息子の復讐の誓いを託された孫が、悪魔と怖れられた島のような巨大なセミ鯨「鯨神」と闘う物語。鯨神に鼻綱つけた奴には、田畑、家屋敷、一人娘、名主名跡まで呉れてやるとの鯨名主の申し出に、人を殺して逃げてきた紀州からの流れ者と争う正に迫力ある語りに惹きつけられる。「老人と海」を読んで再度読みたくなり手に取ったが最初に感じた程の感激はなかった。筋が分かっていたからか、体調によるものなのか。良い本は何度読んでも良い筈だが。
「おかめ笹」
永井荷風
岩波文庫

2010.8.25 
凡庸拙劣な画工が意想外な事件のお陰で意想外な利益を得、酒色に耽る身分となる滑稽小説。しかし作者の真意は、成金謳歌世相を風刺する事で作者平常の鬱気を散ぜんとする事にあると後書にある通り強烈な希有な社会風刺小説。永井荷風は、流麗な筆致で流れるように飛び込んでくる。それだけでも読む値打ちがある。読んでいて気分が良い。本当に好きな作家の一人。
「罪と罰」(上)(中)
ドストエフスキー
岩波文庫(江川卓訳)

2010.8.27(上)
味もそっけもない幾何学的直訳で嫌気が射して翻訳ものは途中で挫折するのが習いであったが、今回は我慢、我慢で何とか上巻は読み終えた。400ページに及ぶ分量の中で、興味を引いたのは最初の、酒場での退職官吏が酒で家族を壊してしまった独白箇所、そして最後のその官吏が馬車に轢かれ家族に看取られる箇所の二個所のみ。残る9割は我慢、我慢で、どう話が展開するのか惹きつけられる事は全く無かった。翻訳以前の話か。中、下と読み進む時間は充分あるので頑張るか。

2010.8.31(中)
やっと読み終えたの感。350ページの分量で、何が起きたのか。妹の破談。主人公が犯した殺人事件につき、主人公と予審判事との心理面でのやり取りの二点だけ。別に面白さを期待するわけではないが、この小説を理解するに必要な知識を持ち合わせていないと云う事なのだろう。読んだページを閉じて暫くしてしまうと何が書いてあったか思い出せない。翻訳が直訳の切れ切れの日本語が原因か。

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(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2010.8