「ヘッドライン」
今野敏
集英社文庫

2016.6.15 
テレビ報道局専属記者が、未解決の一年前の美容学生猟奇殺人事件に挑む物語。怪しい謎の宗教団体、CIAのエージェントの登場等、面白可笑しく展開させようとしているのだが、何の興奮も、感動もないつまらない話。

こんな物語を活字する集英社の気がしれない。
「セビリアン・ジョーの沈黙」
成田守正
双葉社

2016.7.1
本の紹介に「心の底に秘めた深い悔恨、孤独、喪失の思いの哀切な三つの中編小説」とあるが、小説でなく、単なる綴り方。格調ある文章を書こう書こうが鼻につき読み続けるのもしんどい。

「セビリアン・ジョーの沈黙」 死者に対する沈黙は、死者の眠りを守るための怒りを隠した沈黙なのか。妻と五歳の娘を
                   交通事故で亡くした男と、その男が移り住んだ新興住宅地で巡り合った、やはり、空襲で
                   妻子を亡くした床屋の主人の話。

「ひぐらし」 有機農法に挑み続け亡くなった義父の後を継ぐ男の苦悩の話。
        絞殺死体で見つかった娘の謎は未解決で終わってしまうのが何とも解せない。
「金閣寺の首」
朝松健
河出書房新社

2016.7.30
庭園、茶の湯、水墨画、能楽、楼閣建築、味噌、醤油、豆腐の食文化と云った、いわば「日本的」といわれる文化の多くが作られた230年強の室町時代を舞台に、奇想が自由に展開された伝奇、幻想短編集。

紡がれる世界は、平面でなく、立体的に迫ってくる面白さがある。

「若狭殿耳始末」 それぞれが外れる、遠くの音を聞く耳、遠方の声を伝える唇を持つ不気味な陶製の人形の奇想な話。
「「西の京」恋幻戯」 京の蠱惑に魅せられた周防大内家の話
「生きている風」 子ども、愚か者にさえ阿呆と呼ばれると分かっていればこそ、敢えてその阿呆な真似に命を懸け、
            神々の怒りを引き出して、邪しき神を押し戻す話。
「寅さん」こと「渥美清の死生観」
寺沢秀明
論創社

2016.8.5
聖教新聞芸能記者の筆者が、渥美清との、飯を食べる、旅をすると云った友達付き合いのなかで感じた、渥美清の物の見方、考え方が語られる。

「心細くて仕方ない 来てくれないか」と、ロケ先の瀬戸内の志々島に呼び出され、「人間、死んだら本当に生まれ変わるのか」と渥美清から問われたとも。

また、「人生にとって本当の幸せは、金でも名誉でもない。自分に関わる全ての人の幸せを願える人間、行動できる人間になる事。人生の究極はそのためにある」と渥美は言ったとの事。聖書の「汝、隣人を愛せよ」か。

渥美清の俳句の素晴らしさに驚き、人となりに興味を覚えてこの本を手にしたが、渥美さんは寂しい人だったのだなぁが実感。

  「芋虫のポトリと落ちて庭しずか」
  「花道に降る春雨や音もなく」
  「月踏んで三番目まで歌う帰り道」 (風天)
「旧約聖書入門」
三浦綾子
光文社智恵の文庫

2016.8.20
旧約聖書には、「はじめに天と地とを創造された」(創世記一章一節)創造者なる神から、いかにして人間が離反、堕落して、いかに醜い結果を露呈するに至るかが描かれている。

神は認識の対象ではなく、信じる対象。何よりも神への服従、神への絶対的信頼が信仰。神を理屈で納得するのではなく、単純な信仰で信じたいと云う筆者の姿勢が熱く語られる。

「クリスチャンは、幼い時から死に至るまで、魂の養文となり、心を育てる詩を、聖書の詩篇で読み続ける事ができる」との事だが、この点は羨ましい。しかし、「人類は罪深くできており、全人類の罪を帳消しにするためイエスは十字架に架けられた」は、あまりにも手前勝手ではないのか。  
「損料屋喜八郎始末控え」
山本一力
文春文庫

2016.9.6
上司の不始末の身代わりで 同心を捨て。庶民相手に鍋釜や小銭を貸す損料屋に身をやつした喜八郎が、北町奉行所与力の秋山や深川の仲間たちと力を合わせ、悪の札差たちと渡り合う侠気(おとこぎ)の物語。贋金造りの顛末は秀逸。

秋山が、札差と刺し違え与力を止める決意の時の歌、

 吹かずとも
 嶺の桜は散るものを
 こころ短き春の山風

こういう歌を詠めるようになりたいもの。 
「山の音」
川端康成
新潮文庫

2016.9.20
鎌倉の谷(やと)の奥で、山の音を、死期の告知と恐れる、息子の嫁に心かよわせる主人公の老人と、いびきをとめる時くらいしか体に触れなくなった時に老醜をも感じる老妻、ほっそりと色白の、まだ娘らしさが匂う美しい首の線を持つ息子の嫁、妻を裏切って戦争未亡人と関係を持つ息子、二人の子供と共に出戻ってきた娘を絡ませた、哀しい哀しい人間の性(さが)が、しっとりと語られる。

戦後日本文学の最高峰と評されるとの事だが、専門家から見たら正にそうだろう。異論はないが、一般読者には面白いのだろうか。素直に心に響く、感動すると云った事がない。

「銀しゃり」
山本一力
小学館文庫

2016.9.28

寛政の江戸深川に「三ツ木鮨」を構えた鮨職人の職人気質を貫いた男気の物語。旗本勘定方祐筆、河岸から生きのよいネタを仕入れてきてくる棒手振り、身持ちの悪い亭主持ちの子連れの女房、様々な人々生き様、日常の下町風情が見事に描かれ胸が打たれる市井人情物。

清々しい読み物。作者人柄が現れている。
 

「月兎耳の家」
稲葉真弓
2016.10.7

2014年に逝去した著者死の直前に発表された最後の遺作の単行本化された標題作を含む三短編。しっとりとした哀感が漂う。

「月兎耳の家」 施設に入る伯母の家に荷物整理で訪れ、伯母の人には知られたくない余命短い老女優との肩を寄せ合った落ちぶれた暮らしの秘密、人生の幕引きの日々を知る事に。

「風切橋奇譚」 五十代の終わりを迎えた女が、叔父から 叔父の風切橋のふもとの家の守り人になってほしいと頼まれる。風切橋は、あちらの世界とこちらの世界との境目で、あの世に通じる道、寂しい死者たちの通り道だった。

「東京・アンモナイト」 大学をやっと卒業したものの何もしないで、巨大な都市の真中で自分だけの出口を探している時、行きつけのバーで知り合った女の子と病気の猫を、東京から千キロ離れた彼女の生まれた小島に送る事に。
「穴おやじ」
飛騨俊吾
双葉社

2016.10.15

標題作を含む短編4話。品がない、卑しい、漫画チックな展開についていけず「穴おやじ」でギブアップ。

「穴おやじ」 かつて防空壕だった三ツ穴に隠れ棲む謎の男中にまつわる哀しい物語。
 
しのびよる月
逢坂剛
集英社文庫

2016.10.18

御茶ノ水署生活安全課の上司と部下である元小学校の同級生の迷コンビが、神田・御茶ノ水界隈で起きる難事件に挑む警察小説の6編。

一言で言ってつまらない。逢坂剛の名がすたる。第一話「裂けた罠」で読む気がなくなった。 
「梟首の遺宝」
大村友貴美
角川書店

2016.10.22
1623年、インドネシアの小島でのオランダ人による日本人も含む20名にものぼる処刑で始まるエピローグ。

オランダ、インドネシア出張から帰って来ない母。代わって守ってくれた母の友達、親友の同僚も三人組の男に殺され、別れていた父親と殺人犯からの逃避行と展開。岩手の山奥に350年以上守られたきた隠れキリシタン黄金伝説に辿り着く。

緻密、巧みなストーリー展開で引き込まれる。横溝正史ミステリ大賞受賞者との事だが、正に、横溝正史の世界が拡がる。受賞作品の「首挽村の殺人」も読んでみたくなった。
「藍の雨」
浅野里紗子
ポプラ社

2016.11.1
元ミスユニバースの宝石デザイナーの冬鹿を主人公とするミステリー連作集。

冬鹿は、父から引き継いで骨董鑑定の仕事もする。知人の法要で京都を訪れた時、古い器の鑑定を引き受け、父が別荘で殺されその現場から盗まれた柿右衛門の鉢に出会う。

父の骨董のお客だった幾つもビルを所有する富豪の老女がヒ素中毒死する。

器用な書き手で、引きずり込まれるのだが、事実が物語を展開させるのでなく、作家本人の解説で物語が進むので、興奮も感動もない。途中でギブアップ。 
「わすれて わすれて」
清水杜氏彦
早川書房

2016.11.10
書き込まれた事が忘れられる魔法の本を持つ父が、その本を狙う叔父を含む四人組に殺されてしまったカレンは、同じく、強盗に妹と両親を殺された早撃ちで国一番の銃の使い手の親友リリイと共に、親の仇たちを探す復讐の旅に出る。

同じような展開に飽きが来たと思いきや、予期せぬ展開。そして、魔法の本に書かれた文字を消すと、その記憶がよみがえる魔法のペンとか、大変凝った洒落た設定。面白く展開するのだが、終わり方がイマイチで残念。
「獅子吼」
浅田次郎
文藝春秋

2016.11.20
6人6様、内1人は獅子だが、それぞれの過酷な運命に立ち向かう生き様、人生の悲哀が情感深く語られ、切ない気持ち、ほのぼのとした読後感が残る6短編集。 

「獅子吼」 「瞋(いか)るな。瞋れば命を失う」という父の教えを守っていた獅子は、軍の残飯を無断で、動物園の動物たちに運んでいた二等兵が、その罰として動物射殺を命じられ近づいて来た時、押し殺していた瞋りを思い出す。

「帰り道」 集団就職で上京し工場に勤める30歳目前の女が、同じ集団就職組の年下の片思いだった男から、思いがけず、「僕の嫁さんになって下さい」と、抱えきれぬ愛の言葉を突然 押し込まれ心が砕ける。

「九泉閣へようこそ」 証券会社の中堅OLだった女が、不倫相手の男の誘いで、下町の居酒屋の女将になった結果、金を毟られ、海のように広くて自由だった人生が乗っ取られてしまう。荒縄でがんじがらめに縛られた二人は、その縄をほどくべく、硫黄臭の温泉宿に辿り着く。

「うきよご」 父から厄介払いされた男が、東京の姉の世話で、無受験浪人の道を選び、東大生だらけの学生寮に転がり込む。うきよごとは、私生児の隠語。

「流離人」(さすりびと) 終戦間際、学徒将校として、新京の関東軍司令部に赴任途中、関東軍に転属を命ぜられたのに、かれこれ二年も満州を彷徨っている中佐から、「満州に 戦が終わるまで迷子になっておれ」と、最後の口達命令を受ける。

「ブルー・ブルー・スカイ」 ラスベガス大通りのカジノで、スッカラカンになった中年男性が、朝飯を買って帰ろうと立ち寄った、場末のグローサリー・ストアで、大当たりを出してしまい、事件に巻き込まれていく。

本を読まない人を振り向かせたいと、作者が、面白さを基準に6短編集を選んだと云う事だが、その趣旨なら作者お得意のユーモア小説の方が良かったのでは。

昨今の作家で、このような心に残る物語が書ける作家が何人いるのかと思う。 

「うそつき、うそつき」
清水杜氏彦
早川書房

2016.11.28
2015年アガサクリスティー賞受賞作品。全ての国民は首輪の装着を義務付けられ、嘘をつくと首輪のランプが赤く光る。首輪を外そうとする等の破壊行為を感知した首輪は、締まって窒息死となる。

非合法の首輪除去技術を持つ少年フラノは、様々な事情を抱える人々の依頼を請け負ううちに、自らの出自の秘密を知る事となる。

首輪の仕組みにも、よくもまあこんなに思いつくなとも感心するし、嘘ってのは、社交辞令、その場限りの申し合わせで、過度に残酷な事実から相手を護ってやる思い遣りみたいなもので、痣のある少女、詐欺師、不倫妻、非情な医者、優しすぎる継母など様々な事情を抱えた人々が、大変面白く描かれ最後まで興味深く読ませるのだが、救いのない最後で読後感は良くない。 

「首挽村の殺人」
大村友貴美
角川書店

2016.12.8
2007年 横溝正史ミステリ大賞受賞作。その昔、飢饉時、老人を間引く「首挽村」と呼ばれた、岩手県山奥の不吉な村に東京から赴任してきた医師が、5カ月も経たない内に、崖からの転落死で発見される。

そして、熊捕り用の罠にはまった圧殺死、橋欄干での首吊り死、滝逆さ吊り死と謎の猟奇殺人事件、人食い熊事件と続く。この連続殺人事件は、この村のむかし噺を第一話から順になぞったものだった。

クドクドとした筋運びも、最後には ドロドロとした壮絶な人生が隠されていたと明らかになってくる。

筋作りの巧みな筆者だが、最後の明かされた人生を最初から謎めいて書き綴ったのなら退屈しない面白い物語になったのでは。勿体ない。
「上海ベイビー」
衛慧(weihui) (桑島道夫訳)
文春文庫

2016.12.15
ウェートレスのかたわら小説を書いている享楽的な都市、上海に住む25歳の女性。同棲する恋人の画家の卵は、不能で性的な充足感を与えてくれたことがない。あるパーティで出会った妻子あるドイツ人ともう死んでもいいと感じるひとときを過ごす。体(情欲)と心(愛情)は分けられると信じ、もともとただのセックスパートナーに過ぎなかったドイツ人に支配されてしまう。 

人間の本当の姿といったものを描き尽くすのだの作者の意気込みは、最後、「私は誰?」で終わる馬鹿馬鹿しさ。発禁処分の大ベストセラーも呆れる。

リビドー(生の本能としての性的エネルギー)の充足、阻害によって、精神状態や行動が決定される(フロイト)は、正にそうであろう。
「半席」
青山文平
新潮社

2016.12.26
家格は、一代御目見の半席、徒目付の下級武士が、不可解な事件の真犯人ではなく、どうしてそのような事件が起こったのかの真相解明を頼まれる。事件当事者、科人の哀しい生き様が語られる六話。解説、説明個所が多く、興味を削がれる事もあるのだが、人の心の危うさがものの見事に描かれ合点がいく。正に手練による物語。

「半席」 89歳という高齢ながら、表台所頭を務めていた老人が、木場の堀に飛び込んで水死した事件。

「真桑瓜」 80歳以上でお役目についている旗本達の集まり、白傘会昵懇同士での刃傷沙汰事件。 昵懇にされている御仁を斬りかかる 真桑瓜が脇差を抜かせる原因と 喰い合わせ 自分の発した一言に気を留める事なく生きてきた事を知り 実はなにもない。使う者が実をこしらえる 

「六代目中村庄蔵」 鋸挽の刑罰となる主殺し事件。 20年以上己を捨て勤めあげた 

「蓼を喰う」 永々御目見以上の69歳の御賄頭の、辻番所組合仲間内への刃傷事件。

「見抜く者」 徒目付たちが通う剣術道場の師範役が74歳の老剣士に襲撃された事件

「役替え」 普請方同心に召し出された時の友の父が、中間の格好で殴る蹴るの暴行を受けていた事件。 

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、もう一度読みたい本

2016.6、7、8、9、10月

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