「五郎治殿御始末」
浅田次郎
新潮文庫

2013.7.11
世は明治に改まって、薩摩長州の天下となった観のある御一新の正体とは、世の中が変わっていくのでなく、毀れていくのだ。どうしても時代に馴染めぬ追いつめられた旧幕府軍の名もなき侍が、どう激動の時を生きたかを扱った、「椿寺まで」、「箱館証文」、「西を向く侍」、「遠い砲音(つつおと)」、「柘榴坂の仇討」、「五郎治殿御始末」の6短編。

父は、四百石取りの面目にかけて甲州勝沼の戦いで闘死。悲しむ母は、子を道連れに自害するところを止められ、母は尼僧に。子は日本橋商人の丁稚として大きくなる。それとなくその事実を知った子が、毅然として生きて行こうとする「椿寺まで」は、短編の模範となる秀作。

刀を捨て、髷を落とす名もない侍の生き様、御一新の世上がよく分かる。時代物は良い。
「阿修羅のごとく」
向田邦子原作
文春文庫

2013.7.16
冠婚葬祭でもないと揃う事もない四人姉妹。七十になる父に八年も前から愛人がいた事で、それぞれの問題が炙りだされる。不倫中の未亡人の長女。夫の浮気を疑う次女。独身の寂しさで心が荒む三女。ボクサーの卵と同棲中の四女。何も知らず穏やかに暮らしていたと思われた母は、或る日、夫の愛人のアパートの前で倒れた。

「女はね 言ったら負け」。「女は、お嫁にゆくと、行った先のかたちになるの」と教えられる事が多いが、ただそれだけと云った感じ。心に響いてこない。「女は阿修羅だね。男には勝ち目はないよ」にも、よく分からない。
「運命の人」
山崎豊子
文春文庫

2009年毎日出版文化賞特別賞受賞作品。1971年の沖縄返還協定にからみ、取材上知り得た機密情報を国会議員に漏洩した毎日新聞社記者らが国家公務員法違反で有罪となった事件機密情報漏洩事件をベースにしたフィクションなのだが、主人公は、その記者ではなく、沖縄。

住民の三人に一人が戦死した沖縄。太平洋戦争時、日本人の中で沖縄県民ほど日本人たるべく努力し、その当時の最高の日本人たり得た国民はいない。沖縄の不条理が語られた、沖縄が主人公の本。

2013.7.19
「運命の人」一
毎朝新聞の辣腕政治記者、弓成亮太は、沖縄返還交渉の、米側支払いの復元補償費に係る機密情報を入手する。弓成は、返還交渉の実態があまりに不透明で、国民に知らされる事実と違い過ぎる事を座視できなず、その情報を 政府の欺瞞を攻めきれない野党議員に渡す。野党議員が、国会の場でその情報を明らかにしてしまたっり、他紙で、その情報が掲載されたりし、外務省審議官付女性事務官は、その機密情報の漏洩を告白せざるを得なくなる。政府と新聞との全面対決となり、弓成は、警視庁からの出頭要請を受け、取り調べの後、警視庁取調室にて逮捕状執行を告げられる。

2013.7.22
「運命の人」二
国民の知る権利と国家の機密との対決。記者として頂点を極めるポストにあった弓成だが、国家公務員違反の容疑で地検の取調べを受け、起訴される。政府の機密保持と言論の自由という対決のはずが、検察の主張、目論みは、新聞記者が女事務官と寝て、公務員である事務官をそそのかし機密文書を取ったと云う、男女の下半身の下世話な話、そそのかし罪だった。

逮捕状執行、逮捕後の身体検査、お前の呼び名は144番だと云った留置場の話、一方的な尋問の状況、突如として自由を奪われる状況等など、国家権力の怖さを実感する。

2013.7.25
「運命の人」三

東京地裁が下した判決は、新聞記者に無罪、元外務省事務官には懲役六月の有罪。弓成は、女事務官による、か弱き女性を演じた、週刊誌に掲載された「私の告白」記事に苦しめられる。控訴後の、東京高裁判決は、そそのかしにあたる手段での情報入手と云う事で、無罪から有罪、懲役4月への逆転判決。最高裁判決は、女性事務官の人格の尊厳を踏みにじり、取材手段に違法性があるとの理由で上告を棄却。

法廷での弁護士の論理展開、法廷の雰囲気が、大変興味深く面白い。

2013.7.27
「運命の人」四

沖縄伊良部島に辿り着いた弓成は、チビリガマでの八十四名の集団自決の、鉄の暴風の話等を聞き、住民の三人に一人が戦死した沖縄で、犠牲になった人、生き残った人の歴史を記録しようと決意する。また、おそらく日本人の中で沖縄県民ほど日本人たるべく努力し、その当時の最高の日本人たり得た国民はいないと、沖縄の不条理を、もっと国民全体が知らねばならないと思う。琉球大学の教授により、30年振りに米公文書で密約の存在が証明され、弓成の身の潔白が証明される。弓成は、「沖縄を知れば知るほど、日本の歪がみえてくる。それにもっと多くの国民が気付き、声をあげねばならない。その役割の一端を担っていこう」と覚悟する。

沖縄に、観光でなく、訪れなくてはと思わされる本。  
「椿山課長の七日間」
浅田次郎
朝日文庫

2013.7.31
46歳にして高卒ながら本店の婦人服課長と、異例の出世をした椿山和昭課長は、取引先との会食の場で突然死してしまう。死者は、相応の事情ありと認められると、冥土と呼ばれる中陰の世界より、七日間に限って、仮の姿で現世に戻る事ができる。椿山課長の他に、撃たれて死んだやくざの組長は、子分の行く末を心配して、自動車事故で死んだ小学二年生の男の子は、本当のパパとママを捜し、産んでくれたお礼を言いたくて、この世に戻ってくる。奇想天外な物語。

人間としてのあらゆる不幸の源が生命そのものである。死ぬっていうのは、この世からフッと消えちゃうだけの事。現世に思いを残すほうが愚と、さっさと天国に行く人々と違って、椿山課長は、妙齢の美女となって、やくざの組長は、弁護士となって、男の子は、女の子となって、現世をさまよい歩く。

人情の機微、人の情け、人のあるべき姿を、随所に見せてくれる感動編。

著者は、小学生の時の、家族離散という忌まわしい幼児体験を持ち、家族の絆をテーマに多くの作品を書いているが、本篇もその一作品。小生は、著者より長生きできるとは思わないが、仮に著者のお別れの会があるような事があれば、お邪魔をし遺影に「本当にお世話になりました」と深々と頭を下げたい人の一人だね。

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(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2013.7月