「剣客商売」
池波正太郎
新潮文庫

1972年1月から1989年7月まで小説新潮で断続的に連載された。四十も年下の下女を妻とし、気楽な隠居生活を楽しむ無外流の老剣客秋山小兵衛と、老中田沼主殿頭意次の家来衆の剣術指南役の小兵衛の息子大治郎親子が、江戸を舞台に人間の愚かさが呼び起こす様々な事件に立ち向かう話。

哀愁が漂う人間模様が流れるような綴りで描かれた処が、人間の愚かさ、哀れさ、不可解さに優しく寄り添う綴りが、ベストセラーの地位を揺ぎないものにしたのだろう。また、必ずうまそうな食べ物の話がでてくるところがこの作者たるところ。(第五巻白い鬼の常盤新平の巻末解説によると「私が書いている時代小説に、酒食のありさまがよく出てくるのは、一つには季節感を出したいから」(池波正太郎のエッセー小説の中の食欲より)との事。)

2013.1.31
「剣客商売一 剣客商売」 (11.10.14 前回の記述   
女武芸者(田沼意次の妾腹の娘、女武芸者三冬の腕を叩き折っていただきたいと、大治郎が依頼を受ける)、
剣の誓約(小兵衛の弟弟子が、討ち負かした武芸者と十年後、そのまた十年後に立ち合いをする)、
芸者変転(無頼御家人の、自分が孕ませた子を若殿に押しつけようとの悪だくみの密談が、盗み聞かれてしまう)、
井関道場四天王(江戸でも指折りの井関道場の跡取り争いで、小兵衛が四天王の一人、三冬に打ち負かされる芝居をする)、
雨の鈴鹿川(殺された男の妻女と弟の敵討ちの話)、
まゆ墨の金ちゃん(大治郎が、第二話の剣の誓約で、右腕を切り落とした男から狙われる)、
御老中毒殺(田沼意次が、御膳番をつとめる男に毒殺を図られる)の全七編。

前回読んだ時は、話の展開がうますぎるとの不満もあったが、何故か今回は楽しい。人間の哀しさに寄り添うと共に、「剣客というものは、好むと好まざるとにかかわらず、勝ち残り生き残るたびに、人のうらみを背負わねばならぬ」との潔い剣客の姿をも匂わせピリリと利かしたいる点が心地よい。

2013.2.4
「剣客商売二 辻斬り」
鬼熊酒場(「おらあ弱虫は、弱虫だからこそ世間に噛みついて生きてきた」と、人に弱みを見せずに生きてきた本所、横網町の居酒屋、鬼熊の亭主、熊五郎の話)、
辻斬り(ためし斬りの辻斬りをする幕府御目付衆直参の話)、
老虎(大治郎の元師匠、老剣客が、江戸に出たまま帰らぬ息子を捜しに江戸に)、
悪い虫(大治郎が、辻売りの鰻屋の若者に、悪い奴にばかにされたくないからとの理由で、剣術指南の依頼を受ける)、
三冬の乳房(暴漢にさらわれた老舗の娘を助ける佐々木三冬)、
妖怪・小雨坊(大治郎が、第二話の剣の誓約で、右腕を切り落とした男の兄の、妖怪じみた剣客との死闘)、
不二楼・蘭の間(小兵衛が、以前、金を借りたことがある御家人の金貸しを襲うという話を耳にする)の7話。

人に優しく寄り添う剣客商売の心意気が存分に伝わる「悪い虫」が秀逸。また「剣術というものは、一生懸命にやって先ず十年。それ程にやらぬと、俺は強いと云う自信(こころ)にはなれぬ。更にまた十年やると、相手の強さが分かってくる。それからまた十年、三十年も剣術をやると、今度は、己が如何に弱いかと云う事が分かる」と人の生き方も伝わってくる。

2013.2.10
「剣客商売三 陽炎の男」
東海道・見付宿(大治郎は、見付の旗籠の女中から預かったと云う手紙を受け取る。手紙は、、剣術修行の時、浜松で世話になった道場主からで、御助勢頼むとの旨が女筆で書かれていた)、
赤い富士(料亭、不二楼の亭主が、隠れ遊びがもとで、二百両の大金を強請り取られようとしていた)、
陽炎の男(佐々木三冬が、湯槽に身を沈めている時、屈強の浪人二人をまじえた曲者が押し込んできた。この変事は、家の前の持ち主に、関わりがあることなのか)
嘘の皮(男の意地を立て通す一刻者の香具師(やし)の元締めの一人娘と、旗本の跡取りとの仲を、小兵衛が見事に嘘の皮を被ってとりもつ)、
兎と熊(妾腹の子、実子どちらを世継ぎにするかの大身旗本の御家騒動)、
婚礼の夜(大治郎の友、剣客を復讐の為、つけ狙う無頼浪人を、その友が知らぬ間に、大治郎が始末をつけてしまう)、
深川十万坪(生まれつき大女であった酒屋の金時婆さんに仕返しを企む大名家来に制裁を加える小兵衛)の七編。   

「真偽は紙一重。嘘の皮をかぶって真(まこと)をつらぬけば、それでよい」と、小兵衛が難題を解決する「嘘の皮」、小兵衛の胸のすく啖呵が小気味良い「深川十万坪」が秀逸。作家、翻訳家の常盤新平は、解説で、年一度、新たらしい発見、文章の勉強為、剣客商売を毎年読みかえすと、また、剣客商売は、日頃の身だしなみ、心構え、生き方を教えられると、述べている。  

2013.1.24
「剣客商売四 天魔」
雷神(小兵衛が愛弟子に、なれあい試合の許しを求められる)、
箱根細工(小兵衛同門の剣客の倅を大治郎が制裁する)、
夫婦浪人(仇討を助勢しあわやの念友の亭主浪人を救う哀れな女房浪人の話)、
天魔(秋山先生に勝つために江戸に戻ったとうそぶく魔性の天才剣士と秋山父子との死闘)、
約束金二十両(小兵衛と相討ちする程の腕をもつ老剣士が、物干竿のような十七の小娘に金二十両を約束する話)、
鰻坊主(偽の拾い金を持ち込んで礼金を騙し取る騙り坊主の話。毛饅頭問答が傑作)、
突発(煙管師の若い後妻が町医者を引きずり込む話)、
老僧狂乱(大治郎の命の恩人和尚が茶汲女に懸想する話)の全八編。

人間の愚かさ、哀れさが際立つ約束金二十両が秀逸。一年前の時と違う読後感。全巻を読みたくなった。第一巻からまた、読もう。

2013.2.14
「剣客商売五 白い鬼」
白い鬼(小兵衛若き時の愛弟子が斬殺される。復讐に燃える小兵衛。時同じく、女性の陰所と乳房を切り抉る異常殺人鬼が江戸市中にて跋扈。)、
西村屋お小夜(上方から中国すじにかけて跳梁した盗賊が、妻子をつれて江戸に移り、おもてむきは薬種問屋の主におさまった)、
手裏剣お秀(一刀流剣術指南の娘に傷め付けられた旗本子息達が、無頼浪人共々、仕返しを仕掛ける)、
暗殺(幕府書院番を務める旗本屋敷から脱走した若侍が襲撃される場に居合わせた大治郎。その後、殿様自身が大治郎の家に忍び込み自慢の槍で闇討ちをかけてくる)、
雨避け小兵衛(その昔、小兵衛に立ち合いで打ち負かされ、その後見る影もなく落ちぶれ果てた男が幼子を勾引し、小兵衛が雨避けしていたわら屋根小屋に逃げ込んでくる)、
三冬の縁談(私を打ち負かす程の男なれば、何時でも嫁ぐと父、田沼意次に言質をあたえている三冬に、一刀流の達人の見合い相手が現る。その相手は、大治郎が修業中に京都で立ち合った事もある強敵であった。)、
たのまれ男(大治郎が、大川橋から投げ込まれようとしていた男を助ける。何とその男は、大治郎の剣友で、その友は、江戸にいる弟に届けてほしいと一夜の相手だった妓(おんな)に頼まれて二十二両を預かった)の七話。

池波正太郎作品は、何といっても選び抜かれた言葉が各所にちりばめられ、心が和む。本第五弾は、小兵衛の怒り、迫力が伝わってくる不気味な不気味な白い鬼が良い。

2013.2.16
「剣客商売六 新妻」
鷲鼻の武士(食を抜いても夢中になる小兵衛将棋敵が、小兵衛と将棋を指し、ついつい無我夢中で鷲鼻の武士との果し合いの時刻に遅れてしまう)、
品川お匙屋敷(三冬は、血に染まった町女房らしい女から、革袋を届けてほしいと頼まれる。町女房はそのまま息絶える。その後、三冬は曲者に襲われ誘拐されてしまう。大治郎が三冬を救出の後、意次より三冬を妻に迎えてほしいと懇願される)、
川越中納言(若き頃の小兵衛の門下生であった公家の落とし子とも思われる、小兵衛が川越中納言と渾名した男が、江戸に舞い戻り、人間の好色さに付け込んだ悪行をする)、
新妻(腰の大小を抜いた事もない勘定方を務める大名家の侍が、国元の家老の公金横領を幕府評定所に訴えるべく江戸にむかう向かう。)、
金貸し幸右衛門(金貸し老人の一人娘と、つきそいの女中が勾引される。老人が娘を捜しに出ている隙を狙われ金が盗まれてしまう。)、
いのちの畳針(大身旗本の長男が、知恵遅れの男を試し斬りしようとしたその時、一本の畳針が左眼に突き刺さる。小兵衛の愛弟子であった男が手裏剣の技で助けようとしたものだった)、
道場破り(道場破りで糊口を凌いていた男が、鉄砲で殺され、大治郎が敵討ちにたちあがる)の七編。、

生きていく事の難しさが語られる新妻の巻が良い。

2013.2.20
「剣客商売七 隠れ蓑」
春愁(小兵衛の身の回りの世話をしていた弟子が、下手人は小兵衛であるとの紙が刺しとめられて、殺害されたのがみつかる)、
徳どん、逃げろ(小兵衛が小金持ちの隠居とみられて盗賊に狙われる)、
隠れ蓑(やせ衰えた盲目の武士と、托鉢僧の年老いた、かなり長い間、共に旅を続けているらしい二人連れ。その二人は、何と、仇討ちの敵同士だった)、
梅雨の柚の花(大治郎の二番目の弟子が、酒色を断ち、ふたたび剣の道に励む)、
大江戸ゆばり組(囲い者の口入れでの新たな旦那と一晩で手を切る話)、
越後屋騒ぎ(蝋燭問屋の大店、越後屋に出入りしている御用聞きが、越後屋の子供を勾引す),
決闘高田の馬場(大身の旗本両家が、それぞれの家重代の宝物を賭けて家臣に立ち合いを命ずる) 

徳どん、逃げろの「人の世は、みんな、勘違いでなりたっている」に思わずうなずいてしまう。

2013.2.22
「剣客商売八 狂乱」
毒婦(料理屋座敷女中が、結婚後も、以前、体の関わり合いをつけた男どもから、浪人を使って相変らず金をせびり取っていた)、
狐雨(力量がないのに道場主になった男が、わりない仲となった女が幼い頃に助けた白狐に、助けられる話)、
狂乱(皆から厭わしげに眉をひそめられ、人から好かれた事のない暮らしを、ずっと長くし続けた剣士)、仁三郎の顔(お上の密偵(いぬ)はゆるしておけねえ。死んだ兄貴の怨みをはらしてくれると死罪となった兄の弟が、江戸に帰ってきた)、
男と女(小兵衛の弟子であった若侍が、同じ藩士の妻女と姦通をし逃走するも、その後、女に昔は昔、今は今と突き放される)、
秋の炬燵(白金の香具師(やし)の元締めから殺しを請け負った男が、日本橋木綿問屋の四歳になる男の子を襲った。木綿問屋跡目争いによるものだった)の六編。    

「女の嘘は、女の本音なのじゃ(毒婦)、おのれの強さは他人に見せるものではない、己にみせるものよ(狂乱)、女と云う生きものはな、昔の事なぞ、すぐに忘れてしまうのさ(女と男)、どいつもこいつも、大人どもがたわけたまねをするおかげで、ばかを見るのは子供たちじゃな(秋の炬燵)」と作者の生き方、考え方が伝わってくる。
何か、この編の池波先生は心、穏やかでない感じがする。何か健康を損ねられたのか、家族に何かあったのか。

2013.2.24
「剣客商売九 待ち伏せ」
待ち伏せ(大治郎が、六間堀川の南端にかかる猿子橋で親の敵と二人に斬りつけられる。父、小兵衛が四谷仲町に道場を開いた時、並々ならぬ庇護を受けた、今は隠居した旗本に関わる凶事が明るみになる)、
小さな茄子二つ(博奕場での負けを貸付け、その金を強奪すると云う悪だくみを懲らしめる)、
或る日の小兵衛(ある夜、手水に起きた小兵衛が、二十年も会わぬ小兵衛の童貞を奪った女の霊魂を見る)、
秘密(あくどい悪戯をしかけていた無頼浪人から娘を助け出した大治郎を見ていた武士が、金五十両にて、人をひとり殺めて頂きたいと大治郎に頼む)、
討たれ庄三郎(父親の敵(かたき)と狙う相手が、何と実の父親という因縁)、
冬木立(小兵衛は、数年前に親切にされた深川の小体な飯屋の小女は元気でいるかと尋ねてみると、深川香具師のごろつきどもがどくろを巻いていた)、
剣の命脈(大治郎との木太刀の立ち合いで歯が立たなかった剣士が、死病を得て、大治郎と真剣と把っての立ち合いに意を決する)の七編。 

殿様の悪事をわが身に引き受け、敵持ちの身になる家来、その妻の生き様が胸に響く(待ち伏せ)。「女という生きものは、男の胸底に潜むおもいを見ぬく事ができぬようにできている(討たれ庄三郎)」と意味深な綴り。池波作品は、まさに無駄のない言葉綴りを知らされる。

2013.3.1
「剣客商売十 春の嵐」 (2011.10.15 前回の記述
お互い敵対する田沼意次と松平定信の家臣が、秋山大治郎と名乗る侍に一太刀で斬り殺される事件が立て続けに起こる。事件を表沙汰にすまいという意次の意を受け、小兵衛は、小兵衛ファミリーの岡っ引の弥七、傘屋の徳次郎、手裏剣名手の秀、大二郎門弟の粂太郎、又太郎共々、偽大治郎と、何とか距離を縮め、対決を迎える。小説新潮に一年に亘って連載された剣客商売長編。

「人間という生きものは、他の動物より頭脳が発達してしまったがために、生きものとしての本能や肉体と、ともすれば理性と感情の均衡がとれなくなったしまう。矛盾だらけなのだ」と、人の不可解さこそが、人の所以たる処と著者は言いたいのでは。

2013.3.2
「剣客商売十一 勝負」
剣の師弟(人を三人も斬殺して江戸を出奔した、嘗ての小兵衛愛弟子が、江戸に戻ったのを知り、小兵衛は、涙ながらに成敗する)、
勝負(大治郎に打ち勝てば、剣術指南役に召抱えられると云う剣客の話を小兵衛が聞き、大治郎に負けよと諭す)、
初孫命名(小兵衛が、雑木林の中で、下し腹の始末をしている時、無頼どもが小兵衛宅に押し入る密談を、小兵衛は耳にする)、
その日の三冬(三冬が井関道場の四天王とよばれていた頃、蟇蛙(ひきがえる)とも蔑まれた三冬の同門の剣士の話。その剣士は、三冬の手をつかみ、唇で吸った事があった)、
時雨蕎麦(当年六十歳の、嘗ての小兵衛の弟弟子が、六十三歳になる後家さんを持参金二百両で後添えにもらう話)、
助太刀(扇売りをしながら、父の敵討ちの助太刀をする剣客の話)、
小判二十両(二千石の大身の妾腹の息子が、二十両の金で無頼どもの身代金目当ての誘拐を手助けしようとする。何とその誘拐相手は、本人も知らぬ実の母親だった)の七編。

本巻では、三冬が男の子を生み(勝負)、小兵衛に初孫誕生となり秋山小太郎と命名された事(初孫命名)を知るぐらいで、読むのもパスしていい出来栄え。

2013.3.4
「剣客商売十二 十番斬り」
白い猫(小兵衛は、七年前に木太刀の試合をした事がある剣客と真剣での決闘をする事となった。決闘の場に赴く途中で浪人と諍いとなり、決闘の時刻に遅れてしまう)、
密通浪人(鬼熊酒屋で、浪人が他人の女房を寝取ったとの話が小兵衛の耳に入った。相手は何と、小兵衛の義理の弟の文房具舗の主人の妻が密通の相手らしい)、
浮寝鳥(土地の人に、ただの乞食ではないよと噂されていた老乞食が、雑木林の中で惨殺死体となって発見された。その老乞食と四千石の大身とどうも何らかの関係がある事が分かるのだが)、
十番斬り(死病に冒されながら、世話になった村に巣食う無頼浪人どもを片付けるまではと剣を握る剣客の話)、
同門の酒(小兵衛の弟弟子の一人が、年に一度の無外流同門の宴に無断欠席した。盗人どうしの揉め事に引き込まれていた)、
逃げる人(大治郎は、敵(かたき)持ちの寺に住み暮らしている老剣士と親しくなったのだが、その老剣士は、大治郎が便りを交している大阪の剣士が、父の敵として探している男だった)、
罪ほろぼし(父親が、小兵衛の所為で切腹した、日本橋薬種問屋の用心棒になっている男が、今度は、小兵衛の力添えで、問屋への大仕掛けの押し込みえを防ぐ事ができた)の七編。

池波正太郎は、短編を書く大切さを述べていた事があったが、読者からの立場からでは、矢張り短編よりも、長編の方が良い。短編は、どうしても盛り上がりが欠ける。

2013.3.6
「剣客商売十三 波紋」
消えた女(二十年程まえ、小兵衛が手をつけてしまった下女に生き写しの娘に会う。果たして、その娘は小兵衛との子なのか)、
波紋(嘗て、大治郎に懲らしめられた旗本が、大治郎への仕返しで、弓術にたけた浪人を大治郎におくりこんでくる)、
剣士変貌(道場の代稽古を務められる程の手練者(てだれ)だった男が、自らの道場を構えてから人が変わり、剣客くずれの浪人と組んで悪事に手を染めてしまう)、
(大名、旗本への仕法家(相談役)が、心の臓を一突きで殺された。大治郎が先生とも呼ぶ手練者にもかかわらず、太刀の柄に手がかけられたままで刀を抜く事もなく殺されていた。)、
夕紅大川橋(小兵衛は、、かけがえのない同門の親友が、岡場所の妓(おんな)と猪牙船に乗っているのを料理屋の二階奥座敷から見る。その親友は、弟の妻と不義をはたらき、できた娘の子が谷中のいろは茶屋の妓と云う巡り合わせ)の五編。

中編と云う事もあり、登場人物も多く、また複雑に絡んで面白い事は面白いのだが、14冊連続で剣客商売を読んでいる所為か、マンネリを感じている。胸の奥に烈しく響くものが欲しくなってきたのかなぁ。もう後、三冊。一気に読み切ってしまおう。

2013.3.8
「剣客商売十四 暗殺者」
江戸香具師の元締めの殺しを請負う物静かな剣客。一方、その剣客が大治郎を討てる手練者(てだれ)とみて、その剣客の居場所を探し求める侍。そして、田沼意次に罷免された元御目付役が、意次の暗殺を企てているのに気づく小兵衛。

思わぬ終わり方が爽やかで心和む作品。ただ、注文をつけるとしたら、怪しげさを醸し出すためなのか、暗殺者の話が長すぎて却って緊迫感が薄まり盛り上がりに欠けた。

2013.3.10
「剣客商売十五 二十番斬り」
小兵衛の隠宅の物置小屋に、小兵衛嘗ての門人が、子供を連れて追手から逃れて逃げ込んできた。九千石の大身旗本跡継ぎ争いがもとで、小兵衛は、一人で二十人余の浪人とむきあう長編の「二十番斬り」と、小兵衛隠宅に迷い込んだ猫の短編「おたま」。  

長編だと、筆者の技がいかんなく発揮され面白味が増す。

2013.3.13
「剣客商売十六 浮沈」
小兵衛は、浪人者が蕎麦屋で狼藉を働いているところに出くわす。何と、その男は、二十六年前、その男の父親の敵討ちで立ち合いで手助けをした男であった。そして、また何と、その敵討ちで、小兵衛が斬ってたおした武士の息子に出会う。その息子は、襲われて重傷を負ってしまう。

作者が急逝された前年の作品。本作品で、小兵衛は、この後27年、93歳まで生きると述べられているのだが、作者の急逝で、最後の小兵衛が語られる事が無くなった事は至極残念。

2013.2.27
「剣客商売番外編 黒白」上・下
祖父の代から目黒の行人坂下で、小野派一刀流の道場をかまえる波切八郎。御前試合で敗れた秋山小兵衛に、剣客の情熱から二年後の真剣での勝負を申し出る。剣一筋に生涯をかけた男二人の、善悪、黒白の世界。辻斬り魔に堕ちた愛弟子を成敗してしまう事で始まった、人斬り稼業に堕ちていく波切八郎、一方、自らの道場を構え剣の道にすすむ秋山小兵衛。最後はおもわぬ形で相対する事となる。 

ともかく面白い。息つかせぬ展開に加え、波切八郎の座敷女中のお信との情愛、吉宗隠密組織の人斬り請負剣士との友誼に人の哀れさが滲みでていて心うたれる。   

この「黒白」は、1972年1月から始まった「剣客商売」の、10年弱後の1981年4月(「剣客商売十二 十番斬り」の後)に書かれた、秋山小兵衛の若い頃の剣客商売前の話。剣客商売での小兵衛言動の原点。 

「人という生きものは、他人の事はよくわかっても、てめえのことは皆目わからねえものでござんす」、「人は生れてより、死ぬる日に向かって歩み始める。この事以外、人の世で、はっきり分かっているものは何一つない」、「人の生涯、黒白のみによって定まるものでない。さまざまな数え切れぬ色合いによって成り立っている」と。

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

池波正太郎 剣客商売のページ

2013.1,2月