「鬼平犯科帳」
池波正太郎
文春文庫

オール讀物に、1968.1から連載された、火付盗賊改方御頭(おかしら)長谷川平蔵を主人公とする捕物帖で、作者急逝で未完におわった1989年の「誘拐」迄の全24巻シリーズ。 

妾腹の子の長谷川平蔵、若い頃は、いかがわしい無頼漢を押えこみ頭分におさまり、「本所の鬼」とか「入江町の銕(てつ)」と無頼漢に恐れられたり、うやまわれたり、ともかう暴れ回っていた。その男が、火付盗賊改方の御頭となり、「悪を知らぬ者が悪を取り締まれるか」と盗賊達に冷酷に立ち向かっていく。しかし、盗人の本道(盗まれて難儀する者へは、手を出さぬ。殺傷せぬ。女を手篭めにせぬ)を貫く盗人には花も実もある情けあるとりあつかいをしめす。本捕物帖は、謎解きの捕物帖でなく、不条理な世の中で、不条理な人間が、引き起こす事件をとおし、人間の愚かさ、哀しさへの平蔵の生き様が語られる。義理も人情も心得た長谷川平蔵の生き様がいい。

2013.3.18
「鬼平犯科帳 1」
唖の十蔵(盗賊の夫を絞殺した女と情を通じる火付盗賊改方の十蔵、その女が産んだ子供を「おれも妾腹のうえに、母親の顔も知らぬ男ゆえなあ」と、引き取る鬼の平蔵。)、
本所・桜屋敷(平蔵若き頃、憧れた白桃の実のような女性が、飲む打つと大変な女と変貌し、盗賊達に自分が追い出された日本橋呉服問屋を襲わせる。)、
血頭の丹兵衛(「唖の十蔵」の巻で、盗賊一味の隠れ家を白状したお陰で、打ち首を免れ牢入りで済んだ盗賊、粂八が、平蔵の密偵として働き、押し入り皆殺しと云う、泥棒の質(たち)を落としめる血頭の丹兵衛を召し捕る話。)、
浅草・御厩河岸(盗賊の子として生まれた岩五郎、無頼の徒と成り果てるしかなかったが、火付盗賊改方の手先となって幸せな生活を過ごしていた。ところが、昔の仲間に真の盗賊の手助けを頼まれる)、
老盗の夢(盗賊なりの真(まこと)の道を外す、狂暴な仲間を成敗の相討ちで果てていく蓑火の喜之助)、
暗剣白梅香(盛り場を一手に束ねている顔役から、平蔵暗殺を三百両で請け負う殺し屋は、自分にこびりついた血の匂いを消す白梅香と云う花の香りの髪あぶらを愛用していた)、
座頭と猿(盲人をよそおう大盗の配下の男が間男される。その間男が、人並み外れた身軽さで猿小僧との異名を持つ同じ大盗の手下。その盗賊同士の殺し合い)、
むかしの女(その昔娼婦だった女が、当時関係した男を訪ね小遣い銭を強請る)の8編。   

人情熱い展開の「唖の十蔵」、女の哀れさ、恐ろしさが際立つ「本所・桜屋敷」、大変粋な、粋な「血頭の丹兵衛」に惹きつけられる。「女という生きものには、過去(むかし)もなく、さらに将来(ゆくすえ)もなく、ただ一つ、現在(いま)のわが身あるのみ」(本所・桜屋敷)、「人間という生きものは情智ともにそなわってこそ人となる」(血頭の丹兵衛)が心に残る。 

2013.3.21
「鬼平犯科帳 2」
蛇の眼(蛇(くちなわ)の平十郎は、千両箱を狙って、医師の千賀道栄の家に押し入るが、蔵の中の金銀は全て御公儀へ奉納されていた)、
谷中・いろは茶屋(火付盗賊改方同心、木村忠吾は、谷中いろは茶屋の勘定を相方のお松に払ってもらう。)、
女掏模(めんぴき)お富(お富は、かつての掏摸仲間の岸根の七五三造(しめぞう)に「百両を用意しなければ、お富の亭主に全てをばらす」と脅される。)、
妖盗葵小僧(強引に押しこみ、女体を犯す事に異常な情熱をこめている妖盗)、
密偵(いぬ)(今は、密偵となって働く弥一、昔の弥一の白状で盗賊一味が一網打尽となったが、逃げた一人が、弥一の命を狙う)、
お雪の乳房(火付盗賊改方同心、木村忠吾が、女房にしたいと思ったお雪の父親は盗賊だった。)、
埋蔵金千両(死を覚悟した万五郎は、一緒に暮らす女おけいに隠し金を埋めた場所を教える)の七編。

人間と、それを取り巻く社会の仕組みの一切が不条理の反復、交錯である(蛇の眼)、人間と云う生きものは、悪い事をしながら善い事もするし、人に嫌われる事をしながら、何時も何時も人に好かれたいと思っている(谷中・いろは茶屋)。「不条理なのは、人間。不条理でない人間はいない」、まして人間が作る社会は、不条理でない訳がないと著者は力説する。社会の不条理に、問答無用に苛立つわが身を恥じ入る。人間の不条理に寄り添わなくてはいけない。

2013.3.25
「鬼平犯科帳 3」
麻布ねずみ坂(平蔵治療のため、平蔵の役宅へ出入りしている指圧師、中村宋仙が、暗黒街では知らぬもののない香具師の元締めの家に入って行く)、
盗法秘伝(平蔵の人柄を見込み、三十何年もかけてものにした盗みばたらきの奥義秘伝を、平蔵に伝えようと云う老人)、
艶婦の毒(平蔵京都への旅に同行した火付盗賊改方同心、木村忠吾は、年増京女に入れ揚げる。何とその女は、平蔵放蕩の頃、父親に「バカ者め。町奉行の倅が、盗人宿の女と戯れてどうなるか」と叱咤された女、お豊であった)、
凶剣(平蔵にやられた兄貴と親分の敵をとってやると盗賊一味から送り込まれた浪人隊十三名に平蔵が襲われ、あわや落命のところ、平蔵を江戸から後を追って来ていた剣友、岸井左馬之助に助けられる)、
駿府・宇津谷峠(左馬之助は、袋井宿の旅籠の湯船ので、三十年ぶりに幼友だち会うが、その友は、何故か左馬之助を避ける)、
むかしの男(平蔵が江戸を、家を留守にしている時、平蔵の妻女、久栄を、結婚前に、慰みものにした男から久栄に会いたいと手紙が届く。久栄と幼女お順二人を殺して平蔵を苦しめようとかかったのであった)の六編。

平蔵が火付盗賊改方を解任され、この機会に平蔵は、父の墓参りをと京、奈良に旅をする。この間の物語。凛とした平蔵の妻の姿が際立つ「むかしの男」がいい。

2013.3.28
「鬼平犯科帳 4」
霧の七郎(平蔵の手に捕らえられ死刑にされた兄の怨みをはらすと、霧の七郎は、金百両で平蔵息子の暗殺を浪人に依頼する)、
五年目の客(お吉は、五年前の遊女時代に、客から預かった胴巻から五十両を盗み取った事があった。今は、旅籠の女房として平穏に暮らしているのだが、その盗み取られた男が、旅籠の客として訪れてきた)、
密通(平蔵は、旗本である妻の伯父から、金を盗んで逃げた伯父の家来の探索を依頼される。伯父の家の用人の若い後添えの妻ともども逃げた事も判明する)、
決闘(女の密偵おまさが、荒屋敷の中に連れ込まれている。おまさの父親は、名うての盗賊で、平蔵放蕩の頃、平蔵と親しくし平蔵の敵討ちとばかり、長谷川屋敷に忍び込み、気づかれる事なく平蔵継母の髪をばっさりと切り取った事もあった程の仲であった)、
あばたの新助(実直な火付盗賊改方同心、佐々木新助は、甘酒やの茶汲女に弄ばれる。密告者となってしまう新助の事を、平蔵は、おのれの胸ひとつに秘める事となる)、
おみね徳次郎(本来は盗人稼業である、料理茶屋の女中おみねが懇ろになった男は、同業者であった)、
(盗賊の頭であった大滝の五郎蔵は、同じ仲間の頭(ならび頭)を殺したとして、その一人息子から敵として斬り掛かられ返り討ちにする)、
夜鷹殺し(残虐な夜鷹殺しに腹を据えかねた平蔵は、おまさを囮として糾明に乗り出す)の8編。

池波正太郎の書生をつとめたコピーライターの佐藤隆介は、解説で「鬼平犯科帳を読む事は、人間の生き方の教科書を読む事である」と言っている。「情智ともにそなわってこそ人」が、鬼平の底にある。正に、むべなるかなである。 

2013.3.30
「鬼平犯科帳 5」
深川・千鳥橋(大工の万三は、労咳でひどく喀血をし、茶汲女お元をつれて、何処か静かに死にたいと願った。万三は、仕事先の家屋敷の間取り図を作って、盗賊どもへ売りつける事をしていたが、好きになったお元と最後の時を過ごす資金として、手持ちの間取り図を全て処分しようと計画)、
乞食坊主(盗賊の計画を、貴船明神社の縁の下からたまたま、盗み聞いた乞食坊主が、命を狙われる。しかし、その乞食坊主は、何と平蔵同門の井関録之助であった)、
女賊(老い先短いと悟った、その道では知られた老賊に「生まれて直ぐ手放した息子が、とんでもない事に」との話が伝えられる。老賊は、たまたま会った火盗改メの密偵、おまさに救いの手を依頼する)、
おしゃべり源八(行方知れずになった、火付盗賊改方同心、久保田源八が見つかるのだが、記憶を完全に失っていた。しかし、源八の首に掛かっていた破れ笠から事件が解決する)、
兇賊(老賊の九平が、四十年ぶりの故郷で、平蔵暗殺の企てをたまたま耳にする。九平は、表むき稼業の居酒屋で、客として入ってきた平蔵の夜鷹に接する態度で、平蔵の人柄に惚れ込み、火盗改メの密偵になった積りで平蔵の危機を救う活躍をする)、山吹屋お勝(今年で55歳になる仙右衛門は、参詣の帰りに暑気あたりをして料理茶屋へ転がり込み、そこの女中から看護を受け、その女に惚れこみ、その茶屋女を嫁にすると言いだす。何と、その女は、火盗改メ密偵の昔の女であった)、
鈍牛(のろうし)(火盗改メ密偵が、火付盗賊改方に手柄をたてさせたいと、放火犯人として、うすのろで人の善い男を、犯人として仕立て上げる)の七編。

「深川・千鳥橋」の平蔵の粋な計らいに胸がすく。平蔵の魅力が遺憾無く語られる「兇賊」がいい。兇賊だけではないのだが、兇賊は、特に展開の意外性、面白さ、天下一品。平蔵を、ますます好きになる。

2013.4.12
「鬼平犯科帳 6」
礼金二百両(大身旗本の長男が誘拐された。同時に家康から賜った国光の一刀も盗まれ、金千両と引き替えに返すとの犯人からの指示があった。)
猫じゃらしの女(岡場所の女が、客から品物を預かる それは錠前の蝋形だった)
剣客(巡回中の平蔵とすれ違った侍の袖に血がついているのを平蔵が気付き、忠吾に後を付けさせる。非番同心の小平次と会い、小平次の剣術の師匠を共に見舞いに行くと血みどろとなり、既に息絶えていた。)
狐火(火盗改メの密偵、おまさが、昔、肌身をゆるした狐火の勇五郎の二代目によると思われる押し込みがあった。その押し込みは一家十七人皆殺しの畜生盗(ばた)らきの盗賊のモラルから外れたもの。おまさは、この押し込みは二代目によるものでないと確信し、盗賊の正体をつきとめようと一人画策する) 
大川の隠居(風邪で寝込んだ平蔵役宅に盗人が入り、亡き父の形見の煙管が盗まれる。船宿から乗った船の船頭が、その煙管を持っているのを見つける。その船頭に、もう一度平蔵役宅に忍び込ませ、印籠を盗ませ煙管を戻すように仕向ける)
盗賊人相書(深川に住む絵師が、深川蕎麦屋に押し込み五人までを殺害した、昔の盗賊仲間の人相書を描くはめになる)
のっそり医者(人を殺めた男が、三十年の後のいま、病人から慕われ、なくてならぬ町医者になった。一方、父親が殺され、敵討ちの旅に出た若者が、数え切れぬ罪を犯し遂に死んだ。皮肉な巡り合わせの話)

悪をしでかす盗賊、それを取り締まる火付盗賊改方、ただそれだけの話なら読み続ける気が当然しない。この巻では、「狐火」、「のっそり医者」の話を除き、その種の話。「大川の隠居」は、洒落た小話。

2013.5.1
「鬼平犯科帳 7」
雨乞い庄右衛門(湯治で快復した老盗の親分が、最後のおつとめで、江戸に向かうが、その途中で配下の者に殺害されそうになる。そこを平蔵の親友岸井左馬之助に救われる)
隠居金七百両(大盗賊の配下であった鬼子母神境内の茶屋の老爺は、もと仲間に娘を勾引かされ、お頭から預かっていた隠居金の隠し場所を明かせと迫られる)
はさみ撃ち(盗人をやめた盗人の家に入り込もうとする、独り立ちの盗みばたらきの助っ人に平蔵以下盗賊改メの5人が入り込んで一網打尽とする)
掻掘のおけい(たらしこみの女賊おけいの男妾となった、もと仲間の一人息子を助け出す)
泥鰌の和助始末(平蔵若き頃、盗みの道に入るのを諫めてくれた松岡重兵衛が、どこぞの盗賊と組んで盗みばたらきを仕かけるべく、江戸に現れた)
寒月六間堀(二十余年、殺された息子の敵を探し続けている老武士の助太刀をする平蔵)
盗賊婚礼(尾張名古屋の残酷非情な畜生ばたらきに血道をあげている盗賊が、江戸で盗みばたらきをする足掛かりとして、先代どうしの約束の婚約で妹を女房にしてもらいたいとの話を、江戸の本格の盗めの盗賊に急に持ちかける)の七編。

「さわぐな。刀を捨ててお縄につけい。盗賊改メ・長谷川平蔵の出役(しゅつやく)であるぞ」の平蔵だが、話がうまく展開し過ぎ。端正な練り上げられた作品には違いないが、どうも胸に響かない。八頭身の別嬪さんは、飽きがくるの類いか。

2013.5.5
「鬼平犯科帳 8」
用心棒(意気地なしの六尺ゆたかな海坊主のような大男が、見てくれで深川の味噌問屋の用心棒に抱えられた。その大男を平蔵が、浪人に変身し手助けする)
あきれた奴(火付盗賊改方の同心が、橋の欄干から身を投げようとした子供を背負った女を救った。その女は、同心が御縄にした盗賊の妻子であった。御縄になった盗賊は、拷問に耐え、逃げた仲間の事を白状しない。同心は、自分の一存で、その盗賊を牢から連れ出す)
明神の次郎吉(明神の次郎吉と云う盗賊は、他人の難儀を見過ごせない男で、旅先で看とった老僧宗円から預かった遺品の短刀を、平蔵の剣友、岸井左馬助に届ける)
流星(上方でそれと知れた盗賊、生駒の仙右衛門は、憎い鬼の平蔵の鼻をあかしてやろうと、凄腕の剣客二人を江戸に送り込み、盗賊改方同心妻、与力の次男、そして組屋敷警備の同を続けざまに暗殺させる。平蔵と浪人との激闘をむかえる)
白と黒(下女となって、暫らくは真面目に働き、その後に金品を盗んで逃げてしまう下女泥棒。その下女泥棒の二人が、もと軽業師の盗賊を餌食にする)
あきらめきれずに(平蔵剣友の岸井左馬之助が、若き頃、平蔵と共に居合術を教わった不伝流の達人の娘と夫婦になる話)の六編。

「あきれた奴」のように、心の襞に響く一編があると思うと、「白と黒」みたいな凡作もある。「あきれた奴」を読むだけでも、鬼平は値打ちがあると思うのだが。

2013.5.7
「鬼平犯科帳 9」
雨引の文五郎(どこからともなく忍び込むので、隙間風と異名をとった雨引の文五郎を偶然見つけ、その後をつける平蔵。そのまた後をつける盗賊。その盗賊が、突然、雨引の文五郎に襲いかかる)
鯉肝のお里(女賊、鯉肝のお里は、腹がへって動けなくなっていた若者を「たんとおあがり」と飯屋に連れていくが、飯屋の女房に「罪なことを、するもんじゃありませんよ」と興奮気味にまくしたてられる)
泥亀(すっぽん)(泥亀茶屋の店主におさまった元盗賊は、亡くなったお頭の、お内儀と娘が、着のみ着のまま夜逃げをせざるをえぬ程の苦労をしているとの話を聞き、恩返しをしなくてはと、独りばたらきで金の工面を考える)
本門寺暮雪(平蔵若き頃の剣道場同門の男が、香具師の元締めに人殺しを頼まれたのだが、それを断わった為、香具師に雇われた凄腕に命を狙われる。平蔵とその男は、その凄腕の待ち伏せにあい、平蔵がこれまでと覚悟を決めた時、何と以前、茶店で煎餅を食べさせてやった事があった柴犬が何処からかあらわれ、平蔵に危機をすくう)
浅草・鳥越橋(定七は、お頭を裏切り、押し込み計画を、他の盗賊グループに売り渡す為に、お前の女房が、お頭と密通したと仲間の風穴の仁助を騙す)
白い粉(長谷川家で働いている料理人が、博奕の負けの借金で縛られ、鬼平が口にする吸物に白い毒薬を入れるよう鬼平を狙う盗賊に強いられる)
狐雨(平蔵が、その人柄と経験を買って、自分の組下に編入してもらった同心が、狐憑きになる)の七編。

鬼平犯科帳の各短編の主人公は、一癖も二癖もある盗賊なのだが、文庫40ページぐらいでの短編では、主人公に魅入られる程、描ききれない点が致命傷で、なかなか物語の中に入っていけない。著者は、短編は鍛錬になる様な意味の事を述べていたのだが、長編仕立ての方が断然面白いと思う。

2013.5.19
「鬼平犯科帳 10」
犬神の権三(過去、二度も取り逃がしていた権三が捕らえられ、火盗改方役宅の牢屋に繋がれるのだが、付け火による火災のどさくさのうちに逃げられる。火盗改方の全員と密偵の裏切りが疑われ、密偵の一人が姿を消していた)
蛙(かわず)の長助(悪御家人に斬られそうになっていた蛙の長助が、見廻り中の平蔵に助けられる。長助は、喧嘩で片足を失い、盗賊の世界から引退し、借金の取り立てで生計を立てていたが、新たな取り立て先で、自分の血を分けた娘と思しき者に会う)
追跡(平蔵が、長男辰蔵に剣術稽古をつけているのを見た剣客が、平蔵の手並みに惚れこみ、一手指南を申し出て、平蔵の追跡の邪魔をしてしまう)
五月雨坊主(絵師の家の裏庭で、「十日のお盗めは、だめ」と云って息絶えた男の似顔絵が平蔵の元に届けられる)
むかしなじみ(火盗改方密偵の相模の彦十が、昔馴染みの網虫の久六から、お盗(つと)めの手伝いを頼まれる。そのお盗めは、久六が別れた女房が産んだ自分の子供が労咳になって苦しんでいるのを助ける為であった)
消えた男(江戸市中を荒らしまわっていた兇賊、蛇骨の半九郎に嫌気がさした一味のお杉という女を連れて江戸から姿を消した、元火盗改方同心が、八年振りに江戸に戻り、その当時気ごころが通じていた同心佐嶋忠介とばったり会う)
お熊と茂平(お熊婆さんが、お熊婆さんの茶店の真前にあるお寺の下男から、今際のきわの頼みとして、58両もの大金を神奈川宿にいる孫に届けて欲しいと頼まれる)の七編。

体に溶け込むように入ってくる綴り、筋書き、登場人物設定の巧さ、どれをとっても一級なのだが、筋運びが短編であるがゆえに物語風に展開せず、事実だけが箇条書きに並べられる感じで進むので、読者は感心こそすれ面白くもなんともない。作者は作り上げる面白さはあるのだろうが、読者は、物語の主人公と共に、物語の中に入っていけず、興奮がない。「消えて男」を長編にして物語風に展開させたら、読者にとって、とてつもなく面白いものになるのにと思うのだが。

2013.6.3
「鬼平犯科帳 17」
特別長編 鬼火
名無しの権兵衛の権兵衛酒屋に浪人者が押し入り、酒屋の女房が斬られ、亭主もあわやの処、飛び込んだ平蔵の「盗賊改方、平蔵である」との威嚇に、亭主は、傷ついた女房を置き去りにして逃げてしまう。役宅に保護された女房も、自分の名前以外は何も語る事なく自害してしまう。薬種舗に盗賊が押し込み、二十三名が殺害され、一万両は下らない大金が盗み奪とられる。一方、平蔵は、平蔵の殺害を五十両で請負った浪人と組んで、平蔵死亡の芝居までして犯人の油断を誘う。大身旗本の御家騒動に絡んで込み入った人間模様が展開する。

短編の鬼平では不満で、犯科帳10から、この長編にとんではみたが、この長編も、興奮も感動もなく,、筋書きを追うだけで終わってしまう。全くの不満。この長編でも、鬼平に対峙する悪役の主人公の生き様が描かれていないからなのか。生き様が描かれてこそ、物語が生きてくると思う。

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

池波正太郎 鬼平犯科帳のページ

2013.3月