「岡っ引どぶ」
柴田錬三郎
講談社文庫

2012.8.2
盲目の与力、町小路左門の御用をつとめる、飲み、打つ、買うために生まれてきたようなごろつき岡っ引どぶの痛快捕物帖三篇。筋運びの巧みさ、切れのある綴り、人情味溢れる展開、グイグイと引き込まれる。柴錬好きだねぇ。
名刀因果狂人か白痴が生まれる呪われた陰惨な家系の三河譜代近藤家。近藤家改易を狙い近藤家に伝わる名刀、大盗正宗が狙われる。岡っ引どぶは、怨霊屋敷と呼ばれる近藤家に忍び入り、天井裏からその大盗正宗を守る事となる。近藤家盲目の雪と云う絶世の娘、近藤家小者小屋で育った首斬り袈裟右衛門二人の思わぬ企みで、不気味な残忍な展開とはがらっと違う予想外の洒落た洒落た終結をみる。
白骨御殿」厠附きのお端下にお手がつき生まれた将軍家息女、驕慢な性情で若侍をみそめると、相思相愛の許婚からその若侍を奪い屋敷を構える。大川で発見された白骨死体の土左衛門事件に係りあると見当をつけた町小路左門の指示で、岡っ引どぶは、厠姫屋敷に忍び込む。麻薬で羽化登仙の状態になった男、極楽鳥が飛び交う密林、人食魚ピラニアは遊泳する水槽があるお化け屋敷だった。白骨死体は世間の眼を借りておのが屋敷を崩壊せしめんとする若侍の仕業だった。
2012.8.9
「大凶祈願」疫病による数万の死者で犬神信仰が流行り、元若年寄土井但馬守光貞は、お犬の方さま霊廟の建立を計画する。その建立にあてられた土井家累代の墓地からお手討ちとみられる刀痕をとどめた木乃伊(ミイラ)が現れる。岡っ引どぶは、祟りと思われる奇怪な現象が次々と起こり始めた土井邸にもぐり込む。三十年土井家に勤める猫の鳥兵衛と呼ばれる偏屈な老いた庭師が、実は但馬守に潰された藩の遺臣であったのだが、その鳥兵衛が企む復讐劇がミステリアスに動き始める。情けある終焉がこの話を引き立てる.。ミステリーなんてもんじゃない凄いミステリー。
「薄桜記」
五味康祐
新潮文庫

2012.8.7
三河以来の旗本の家に生まれ、旗本中に二人とおるまいと云われる剣の力量を有しながら、上杉家家老の娘、妻の不義にからんで左腕を斬り落とされ、浪人に落ちぶれる丹下典膳、高田の馬場の決闘で名を上げ一介の浪人から播州浅野家堀部弥兵衛が女婿となる中山安兵衛、二人の薄(ススキ)と桜の物語。上杉家江戸家老千坂兵部の遺書で、吉良の付け人にやむなくなった丹下典膳と、浅野家の不幸から忠臣蔵なる栄光を浴びる堀部安兵衛二人は、敵味方として最後には対決する事となる。しかも、その対決の場所は、典膳が、最愛の妻と最初に会った場所、桜の美しい谷中七面社であった。何も語る事もせず片腕を斬り落とされ、最初から斬られる覚悟の決闘、寡黙な清冽な美しい生き様の典膳、心の襞に響いてくる悲壮な美しさを漲らせた剣戟小説。新潮文庫31刷(H24.6.20)と、読み継がれている。
「偉大なるしゅららぼん」
万城目学(まきめ まなぶ)
集英社

2012.8.12
琵琶湖畔の街、石走(いわばしり)に住み続ける日出家と棗(なつめ)家には、不思議な力、相手の動きを自在に止められる力、相手の心に入り込み心を自在に操る事ができる力、相手に流れる時間を止める力が湖の民として代々受け継がれてきた。その不思議な力を持った一族同士の対決の話。破天荒な登場人物、奇想天外な展開で惹きつけられる事はあるのだが結末が味気なく面白くも可笑しくもない。心を打つものがなく、読み終わって何も残らない。普通、プロローグで引き込まれ、エピローグで心にすとんと落ちるのだが、この本のは、あってもなくてもよいもの。話の半分以上は退屈。新進気鋭の作家との事だが。
「破戒」
島崎藤村
岩波文庫

2012.8.18

同じ人間でありながら、穢れが多いとして普通の人間の仲間入りができず、卑しめられたり辱められたりする穢多(えた)の子の小学校教師は、世に出て身を立てるには身の素性を隠すより他にないとの父の戒めを守り苦しんで苦しんで生きてきた。「我は穢多なり」と公言する師と仰ぐ部落解放運動家の壮絶な死で、遂に父の戒めを破りその素性を告白するまでを描く涙を禁じえない物語。解説の野間宏は、この破戒は封建的な社会の中で部落民から見た社会の不合理を取り上げているのだが、人間平等と云う思想がはっきり確立されておらず、穢多を穢多として卑しめ、部落の人たちを逆に傷つけ苦しめていると諌めている。小生は藤村の巧さに感嘆するばかりであったが、プロの作家は、見方が違う。解説も大変に参考になる。解説も含めて100冊入り。

頻繁な当て字に戸惑いがあるが流れるような綴りに引き込まれる。矢張り小説は先ず美しい綴り、そして主人公の魅了される生き様が不可欠なのだが、その両方を満足させてくれる名作。ただ、お涙頂戴を考え過ぎと云うか、綺麗過ぎと云う点は否めない。
「大江戸剣花帳」上・下
門田泰明
徳間文庫

2012.8.21
四代将軍家綱時代を背景として、江戸の大半を焼失するに至った明暦の振袖大火と由井正雪らによる討幕未遂事件を題材に御存じ特命武装検事・黒木豹介シリーズ筆者の始めての剣戟時代小説。大番与力、鷹匠同心、評定所番、徒目付と連続した幕臣狙い討ち惨殺から始まり、最後は江戸城に侵入した凄腕の忍び侍との凄まじい死闘で終わる剣戟小説。主人公は、元大老酒井忠勝隠し妾の子で、柳生宗矩が名付け親の念流免許皆伝の宗重。読者を引き込む術が存分に使われた問答無用の面白さ。

作者の構想力に感心したが、野村胡堂の銭形平次捕物控「火の呪い」の明暦大火が由井正雪の残党による放火と云う設定と同じと云う事を知り残念な気持。ただ、この徳川盤石時代の庶民の生活や当時諸般の事を知ることができ、この作者の心意気は読者に届くのでは。
「シュヴァリエ・デ・グリュとマノン・レスコーの物語」
アベ・プレヴォ(滝田文彦訳)
集英社世界の文学6 

2012.8.25
青年デ・グリュは、贅沢と快楽を愛する女マノン・レスコーへの恋にひたすら忠実で、父親、友人、教会、社会に背き、地位も、約束された未来も捨てて絶望と破滅への道をただただ突き進む話。聖職者アベ・プレヴォの作品。18世紀を代表するフランス文学の一つで、スタンダールに「マノン・レスコーは、ああいった種類の不道徳で危険な作品の中で第一等の地位を占める」と赤と黒の中で云わせしめている永遠の古典との事。ただ、小生には何故古典と云われるのか理解できない。金の為に裏切られ、その結果陥った苦難から逃れる為、金を使う、その連続だけの展開で、もっとましな気の利いた話をつくれと云いたい。最後まで読むのに大変な努力、苦労が要った。全くもって面白くなかった。洋画の脚本力に度々感心するのだが、感心する小説は少ない。何故か。
「蒲団・一兵卒」
田山花袋
岩波文庫

2012.8.27
「蒲団」女弟子に去られた男が、彼女の使用していた蒲団に顔をうずめて匂いを嗅ぎ、涙する私小説。女弟子の同志社の学生との恋に嫉妬し、二人の仲を裂こうとする中年男性の醜悪なエゴイズムや彼女の処女性を気にする暑苦しい性的関心が見苦しく馬に蹴られてしまえと云う感じ。明治の時代だからこそ受け入れられた作品なのだろう。
「一兵卒」日露戦争の最中、軍病院を抜け出しひっそりと死んでゆく哀れな一兵卒が、銃が重い、背嚢が重い、脚が重い、アルミニューム製の金椀が腰の剣に当ってカタカタと鳴ると臨場感あふれる描写で描かれた作品。

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読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2012.8月