2024.1月 
「燃えよ剣」(上・下)
司馬遼太郎
新潮文庫
天下最強の組織、新選組を率いた副長、鬼神と恐れられた土方歳三の生涯の物語。
巻末解説の「ふとページを操る指を、しばらく止めさせる。一字一字、碑銘を読むような姿勢で感慨にふけり、土方歳三の三つの戒名を、ゆっくり読まずにおれない」とあるように、誠の武士として悲劇的な最期で人生を終えた新選組副長土方歳三を好きにならざるをえない。
江戸幕府15代265年の間、家禄で養われ腑抜けのようになっている門閥武士の中で、歳三は、男には節義がある。古今不易のもの 最後の、たった一人の幕士として残り、最後まで戦う。男の一生は、美しさを作るためのものと生き抜く。徳川慶喜が京を去り、新選組のみ伏見鎮護の名目で伏見奉行所にとどめられ、最後の五稜郭の戦いでも、榎本武揚をはじめとする八人の閣僚のなかで戦死したのは、歳三ただ一人であった。
様々な辛酸をなめて、多くのものを破壊し去り、そして新しい時代を造りだした乱世の幕末の物語は、実に面白い。
 

 
2024.2 
「妖説忠臣蔵」
山田風太郎
春陽文庫
鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)、空が曇り雨に湿るとき、古い霊魂は悶え恨み、泣き叫ぶと云う。この「妖説忠臣蔵」は、忠臣蔵義士に係る鬼哭啾々の7短編集。
忠臣蔵と云えば、まづ浅野内匠頭の無念なのだろうが、吉良上野介にも思いを巡らしたのが「生きていた上野介」の話。山田風太郎は、兎にも角にも文章が美しい。語彙が豊富。奇想天外と云うより発想が豊か。山田風太郎作品は、何れも面白い。
「行行燈浮世之介」 吉良上野介が拉致された話
「赤穂飛脚」 赤穂への早駕籠を巡り女賊・兇賊・清水一学が入り乱れる話
「殺人蔵」 仇討ちのために手段を選ばない大石内蔵助の冷酷さが語られる
「変化城」 上杉の領地に逃れる上野介の話
「蟲臣蔵」 脱盟した義士の話
「俺も四十七士」 影の薄い義士の話

生きていた上野介

 上野介が生きていたとして、果たしてどんな物語が書けるのか。上野介が生き延びて、何をしたかったのか。何を企んだのか。

2024.3 
「信長嫌い」
天野純希
新潮文庫
魔王「信長」によって人生を狂わされ、負け犬の屈辱を味あわされた男たちを主人公にした7短編集。悲劇の話なのだが、それぞれの人生を全うっする男達。
「義元の呪縛」 僅かな誤算で桶狭間の露と消えた街道一の弓取と云われた今川義元
「直隆の武辺」 姉川の戦いで闘死した真柄十郎左衛門直隆(なおたか)
「承禎の忘執」 城を追われたのち諸国を流浪し、生きながらえてしまった六角承禎
「義継の矜持」 信長に屈服した三好氏最後の当主三好義継
「信栄の誤算」 無能の烙印を押され父子で織田家中を追われた佐久間信栄(のぶひで)
 「丹波の悔恨」 伝説の伊賀忍者、百地丹波(ももちたんば)。見つからなかった信長の首の行方が語られる
「秀信の憧憬」 偉大な祖父信長の幻影を背負い続けた三法師織田信秀


「雪冤」
大門剛明
角川文庫
横溝正史ミステリ大賞作品。死刑囚となった息子の冤罪を主張する父の元に、メロスと名乗る謎の人物から時効寸前に自首をしたいと連絡が。真犯人は別にいるのか? 緊迫と衝撃のラスト、死刑制度と冤罪に真正面から挑んだ社会派推理(アマゾンから引用)。
目まぐるしい展開に翻弄される。二度読んだが、色々な伏線があり二度読まないと、その伏線に気が付かない程だ。死刑囚の息子が父に会うことを拒み続け、死の直前に父に会いたいと叫ぶ意味も二度読んで分かってきた。


2024.4 
「百歳の哲学者が語る人生のこと」
エドガール・モラン(澤田直 訳)
河出書房新社

本国フランスでベストセラー。激動の一世紀(22歳の時ナチスの手を逃れ、46歳の時パリ5月革命を目撃、99歳の時未曽有のパンデミック)を生きた現代フランスを代表する100歳の哲学者が語る我々へのメッセージ。
あらゆる生は不確実であり絶えず予測しなかったことに出会う。不幸が幸運に、逆境が恩恵をもたらすことも。人間的なもののすべてから偶然的な要素を排除することは不可能、我々の運命は不確実であり、思いがけもないものを想定する必要が。生存は生に必要だが、生存のみに限定された生は、もはや生とは言えない。生きるとは、生が与えてくれる沢山の可能性を享受すること。人間は、善でも悪でもなく、複雑で節操がないもの。経済や技術の進歩は、しばしば政治や文明を代償にする。これは21世紀ますます明白になっていく。利益至上主義の結果、経済と技術が暴走し、生物圏の破壊が進行 サッチャー政権とレーガン政権の新自由主義的転回は、利益至上主義に対するブレーキを失い、世界のほとんど至るところに公共事業の民営化を引き起こすとともに、金持ちは極端に金持ちに、貧乏人はより貧乏になった。コロナウィルスによるパンデミック状況によって、地球規模であらゆる次元の危機が起こり、それは不安定さ、不確実性、不安の新たな要素となった。「良心ない知識人は人間の魂を滅ぼす」ラブレーの名言に暗い現代性を与えている 私にとっては、何があろうとも、エロスを選ぶことによってのみ人生に意義があることは明らか 観念や理論は知性による再構成だが、誤るだけでなく、欺くもの。 
訳者あとがき。著者は自分の人生と世界の歴史を巧妙に交差させ、そこから時宜を得た明確なメッセージを発信。 自明の理を常に問い直し、懐疑的であると同時に批判的であること。アナトール・フランスの懐疑主義 ドスエフスキーなどのロシア文学に、人間存在に潜む矛盾を。人間は知性的、理性的な存在であるだけでなく、錯乱し狂気に駆られた存在。理性と情熱の両輪を備えているのが人間。いかに用周到に振舞っても、避けられない災厄がやってくる。それこそが生きるということ。くよくよしても始まらない。誤りを恐れる事なく、そのとき最善と思われる選択をする それが生きる喜ぶにつながる。 

2024.5
「警視庁特務部逮捕特科」アレストマン
矢月秀作
徳間文庫
新設された逮捕を専門とした特務部逮捕特科の第一作。累計で百万部を超える作品を書く流行作家なのだが、ほん作の第一印象は、面白くもなく、興奮もなく何とくだらない話だと云った感じ。二作目が出たとしても、時間潰しでも読むことはないだろう。

「血と骨」上・下
梁石日(ヤン・ソギル)
幻冬舎文庫
実父をモデルにしたものなのか、凶悪な極道、無頼漢のおぞましい暴力の物語。山本周五郎賞受賞作。表題の「血と骨」は、朝鮮巫女の歌の「血は母より骨は父より」からとの事。
飛田遊郭で身請けした女に逃げられた事が、この男を狂わしてしまったのか。鬼畜にも劣る暴力が始まる。無理やり妻とさせられた酒場を営む女主人公が、打つ続く暴力から逃れ、廃寺で臍の緒を歯でかみ切って子を産む下りは圧巻。その後、暴力男は、敗戦後の混乱の中、蒲鉾工場を立ち上げ成功し、悪徳高利貸しとなって大金を得る。娘の自殺、死闘を繰り返す息子と話は続くが、残された三人の子供と祖国に渡る。
悲惨極まる生活のなか凛として生きる女主人公には、惹かれる。

  
  
「夜市」
恒川幸太郎
角川文庫
2005年ホラー小説大賞受賞作。デビュー作にして直木賞候補。選考委員の五木寛之氏は「奇妙な魅力がある」と、井上ひさし氏は「人間存在の寂しさ、いとしさが」と評している。
妖怪たちが様々な物を売る不思議な「夜市」に迷い込み、弟と引き換えに「野球選手の才能」を買った。そして、今夜、弟を買い戻すために再び夜市を訪れる。哀しい驚きの結末。
引きずり込まれ一気に読んだ。どこか切なくて、今まで味わった事のない感覚で、何度でも読み返したくなる作品
巻末の東雅夫解説では、幻想的な美しさをかもし出す無駄のない文章 誰も思い描いたことのないような、この世ならぬ奇妙な輝きを放つ世界が活き活きと描かれていると。 

「風の古道」
7歳のとき不思議な道へ、迷いこむ。12歳の夏休みに親友とともに再び、お化けの道 神々の道を訪れるが、死んでしまった親友のため、出会った不思議な青年と共に、蘇生できる雨の寺を目指すことになるが。
巻末の東雅夫解説では、風の古道に描きだされた街道という名の何と魅力的であることか 読み進めながら、いつまでもこの世界に留まっていたい、紙面から吹き寄せる異界の風を肌身に感じ続けていたい そんなふうに心の底から思えるような作品と。


2024.6
 「金色機械」
恒川光太郎
文春文庫
67回日本推理作家協会賞受賞作。月からきた全身金でできている金色様という不思議な存在を中心に、大遊郭の創始で殺意を読む能力を持つ男と、手で触れるだけで生物を殺められる能力を持つ女が繰り広げる江戸ファンタジィー。
500ページ弱の大作を、二度読み。二度読んでも飽きることなくひきつけられる。
「己が今この瞬間まで生きられたことを天地の神に感謝する」この精神で、この作者は書いているに違いない。     
巻末の解説、東えりかは、構成力が抜きんでており、描写力、発想のユニークさ。文章力の安定度は抜群。あの世とこの世の間(あわい)を描くような幻想的な印象と述べている。 


「異神千夜」
角川文庫
表題作を含む4短編集。金色の毛を持つ鼬(いたち)がうごめく4短編。
「異神千夜」
弓を肩に担いだ男が語る恐ろしい話。対馬農家生れで蒙古軍の間諜に。蒙古軍の撤退により取り残された間諜仲間を操る神獣窮奇の使いの巫女に操られる。16年後、巫女を弓で退治する。
とにもかくにも目まぐるしい展開、ページを繰る手を止められない面白さ。常川光太郎、続けての三冊目だが、ますます好きになった。
「風天孔参り」
山域のどこかに現れる風天孔と云う、天へ向かう孔を探す集団、山小屋に都会を逃れてやってきた若い女性に翻弄される男の話。この世とあの世をつなぐ物語。
「森の神、夢に還る」
人間に憑依する優しい森の霊
「金色の獣、彼方に向かう」
少年が飼う事となった金色の鼬を通して、猫の死体を埋めるため.に墓を彫り続けている男が、少女が殺した義父をそこに埋めるのを観る話。


「日本哲学入門」
藤田正勝
講談社現代新書

自分の不勉強で理解できない箇所が多く、いたたまれない。小学生でも分かるこの種の本が望まれる。
本書からの転載。
哲学は、ものの見方や考え方をより豊かなものにする営み。普遍的な心理を目指すもの。現実をありのままにとらえる。哲学は、ギリシャ語での意味は「知を愛する」ということ。いわゆる「ソクラテスは死ぬ」といった演繹法でなく、これからの学問は、多くの事例から、全てのものに当てはまる原理・法則を見出そうとする帰納法に拠らねばならない。文明の進歩、新たな真理、法則の発見のためには、「疑いの心」と「思考・見解・価値の多様性」が必要。東洋に欠け、文明化に必須のものは、「数理学」(数学と物理学といった基礎的学問)と「独立心」。人間は、死と不幸と無知をとを癒すことができなかったので、それらを考えないこととした(パスカル)。気晴らしこそ、我々の惨めさの最大のもの 。気晴らしの手段に取り込まれると、生のはかなさ、生きる事のむなしさ、死と正面から向きあう機会を持つことができるか。何もする事がないという退屈では、自分と云うものが重荷になる。 自己を見つめることは、自己の死、悲惨、無知を見つめることにつながる。死が生のなかに浸透してくる。死は関わりを消滅させるものでなく、むしろ生むものである(田辺元)(わがために命をささげて死に行ける妻はよみがえりわが内に生く)。


    
「明治開化安吾捕り物帖」
坂口安吾
春陽文庫
坂口安吾の「推理小説+捕物帖」というコンセプトから厳選された6傑作選とあるので楽しみに読み始めたが2作品目で止めた。だい好きな安吾先生だが、話の展開が凝り過ぎてついていけない。残念


 
2024.7
恒川光太郎
「滅びの園」
角川文庫
ある日突然、山に行けば金塊、ダイヤモンド、優しい人々、美味い飯、家賃不要の家等など、夢のような異世界に迷い込み平和に暮らし始めた男。時を同じく地球は、未知なる生命体に侵され多くの人々が殺され、存続の危機に。地球外生物と抗戦できるのは君だけだと知らされる。平和に今のまま生きるのか、戦うのか。いざと云うとき、どう生きるか、どう死ぬか。どうすれば良いのか。どちらも等しく正しく、等しく間違っているのか。衝撃のラスト。
「さて、自分だっだらどうするか」と問われる物語。


「こころ」
夏目漱石
新潮文庫
人間の孤独な影を描くという作風の漱石。国民的作家の一人である漱石が、人間の心を研究する者はこの小説を読めと、日本で一番読まれているという小説。人間の深いところにあるエゴイズムと、人間としての倫理観との葛藤が描かれている。
読み始めて直ぐ、尊敬する先生が亡くなることが明かされるのだが、何故なんだと先を急いで読むことと。父が死にかけているにもかかわらず、遺書が届いたその足で、一時、帰郷していた家を飛び出て東京行の汽車に飛び乗る。 自殺した先生は、遺書で「あなたの胸に新しい命が宿ることができるなら満足」と語る。
人の死に目に立ち会ったことのない小生には、第二章の「両親と私」の父親の臨終の場面には鳥肌が立つ。
うん十年ぶりの漱石だが、何たって筆が立つ。何度読んでも良い。


「秋の牢獄」
常川幸太郎
角川書店
突如として、11月7日を延々と繰り返す謎の現象に陥ってしまった女。同じ現象に悩む仲間達と出会い共に時間を過ごすようになるのだが、白い布を被った異形の男のせいなのか、仲間が一人一人と消えていく。
作者が描く独特な世界に何時までも留まっていたいといういつもの魅力ある物語とは少し違う感じ。引き続き他の2編、「神家没落」、「幻は夜に成長する」を読む気が失せた。


「ハンチバック」
市川沙央
文芸春秋
2023上期芥川賞受賞作品。人工呼吸器なしでは生活できない重度障害者女性。気管カニューレが喉に挿入されて 痰を引く吸引器は手放せない。右肺を押しつぶすかたちで極度に湾曲したS字の背骨、背骨が大きく曲がる障害。自らを、せむし(ハンチバック)の怪物と。通うところもなければ、ヘルパー、ケアマネ、訪問医スタッフと呼吸器レンタルの業者以外は訪ねてくる者もない、障害者がいないこととなっている日本を憂い、健常者は呑気でいいと。普通の人間の女のように妊娠と中絶がしてみたいと、介護士に金で交合を依頼する。唐突の旧約聖書の挿話、その挿話に続く驚きの結末。
グサグサと胸を突かれる歯切れのよい言い回し、自分の呑気さを見透かされ、いっきに読み進めるのでなく度々本を閉じ著者の言葉に思いに巡らせる。しかし、本文で、せむしに「ハンチバック」とルヒが振られているのだが、この「背骨の曲がった怪物」の言葉゙で、シェックスピアのリチャード三世も思いつかない小生には、著者の発する言葉には理解が及ばないし、著者の言いたいことも理解できない。二度読んだが、旧約聖書の挿入の意図も、結末章で著者の言いたいことも分からぬままだった。
「ステマ」、「バリバラ」、「マチズモ」、「スパダリ」、「プチプラ」等などカタカナ省略語が40弱程でてくるが、SNS社会とは縁のない小生には理解不能。デジタル社会は、小生には理解できない程、世に定着し、進化しているのかもとおののくばかりだ。 
芥川賞選考委員、平野啓一郎は、「障害者の立場から社会の欺瞞を批評し、文体には知的な重層性があり、表現もよく練られていた。本書が突きつける問いの気魄は、読者に安易な返答を許さない。」と。また、吉田修一は 「とにかく小説が強い。文が強いし、思いが強い。作者自身の人間的成熟が、この強さを」と、頷ける意見を述べている。
二度とは読もうとは思わないが、読むと己を知ることとなる本。その意味で一度は読んだらいい本か。所詮、理解の度合いは、知識水準、知的レベルに拠ると諦めるしかない。


2024.8 
「三国志 第1巻 桃園の巻」
吉川英治
三和書籍(大活字本)
景帝(前漢第6代の皇帝)の玄孫なるも、貧しい蓆(むりろ)売りで暮らす劉備は、国家に報じ下方民の塗炭の苦を救うべく、関羽、張飛と桃園にて義兄弟の契りを結ぶ。この三英傑の出会いと曹操による董卓暗殺未遂までの話。
至言が散りばめられていると共に、展開が気になりページをめくってしまう。何時の時代も変わらぬ人間の業、浅ましさが語られる。


「三国志 第2巻 群星の巻」
吉川英治
三和書籍(大活字本)
激突と智略の第二巻。董卓の暗殺に失敗して逃亡した曹操は、袁紹や公孫瓚らを味方に連合軍を結成。劉備たちも志願する。だが権勢を強める董卓は大臣の王允の陰謀で呂布に討たれる。曹操は、徐州へ侵攻、陶謙の戦いに。劉備玄徳は応援に、陶謙亡き後、徐州の太守に。
人間の浅ましい色、欲に動かされた戦いの明け暮れ。


「「私」をどう生きるか」
亀井勝一郎
河出書房新社
60年前に書かれた「人間の心得」が改題され新たに出版されたもの。人間がいかにして生れ変わることができるのかが書かれている。
疑うとは変革し破壊する力。考え、迷い、一念を生じ、邂逅する(著者の最も強い主張点か)。読書は、心の最高の贅沢、心の抵抗力を養う。自己を否定して「我」が生まれる。言葉は不自由なもの(不完全なものの意味か)。いついかなる時に友人を見出したか、友情を結ぶということ、人生の幸福 人間同士の理解というものはほとんど不可能 理解と思いこんでいるのは実は誤解に過ぎない場合が多い 自己を知るということ極めて困難 生きるということ、不安定を生きること 思想とは思いつめる能力 快楽の原型が仮にあれば、それは登山と水泳か、自然の肌との直接のふれあい 信仰、思想的立場、観点を捨て去る、最上の叡智とは「無心」。蓮如「心得たと思うは、心得ぬなり。心得ぬと思うは、心得たなり」
 

「春琴抄」
谷崎潤一郎
三和書籍(大活字シリーズ)

「盲目の三味線師匠春琴に仕える弟子佐助の愛と献身を描く谷崎文学頂点の作品」と新潮文庫に。
ひらがなの字数より漢字の方が多い感じの古文調の文体で、普通の小説とは大分趣が違う。また第三者的表現が多く、何か古典物の口語訳とも感ずる。達人の技か。
果たして、弟子とは云え、師匠の春琴が何者かに火傷をおわされ見られたくないと言われたとして自分の目に針を刺し盲になるかと問われたら、さてどうするか?
時代の文筆家の評価も、「深く考えさせられたのでもない」(小林秀雄)、「ただ嘆息するばかりの名作で、言葉がない」(川端康成)と分かれる。
普通文体の谷崎「春琴抄」を読みたいものだ。物語としては、大変美しく良く創ったものだ。自己陶酔か愛の極致か。


2024.9
 
「同志少女よ適を撃て」
逢坂冬馬
早川書房

第11回アガサ・クリスティー賞を受賞したデビュー作。第二次大戦を舞台に、ドイツ軍の襲撃で母親と故郷を奪われた少女が狙撃兵となり、復讐を果たすために過酷な戦場を生き抜く姿を描いた物語。選考委員初の満票受賞と評価の高い作品なのだが。479頁の大作、独ソ戦の膨大な資料を伺わせる詳細な記述、かえって展開の焦点がずれ緊迫感が失せる。途中で読むのをやめようと何度思った。半分のページ数で十分書けたはず、勿体ない。


 
「由煕「ユヒ)」
李良枝(イ・ヤンジ)
白水社 (李良枝セレクション)

37歳の若さにて亡くなった在日韓国二世の女性作家。1988年芥川賞受賞作品。在日韓国人の祖国における心の揺れを描く。主人公の女子学生由熙は、韓国の大学に入るが、周囲の韓国人との生活に常に違和感を抱き、ついには日本へと戻ることになる。在日韓国人二世の新しい世代を描く。
在日韓国人の、二つの国家、二つの民族、二つの言語の狭間での葛藤と苦悩は、日本人には思いもつかないが、相当なものだろう。同じ血の、同じ民族の、自分のありかを求めようとする思いの、「日本人てやっぱり許せないし、嫌いだわ。この感情はどうしようもないわね」は、理解できるが、この作者は、講談社文庫、石の聲「私は、朝鮮人」で、
 ・「父は、17の時、日本に来、3人の子供を。作者は、三人目で長女として誕生。作者、9歳の時、日本に帰化。朝鮮人として意識しだしたのは、高三の時。日本の同化政策は、在日朝鮮人の民族的自覚と未来への志向を抹殺し、人間本来に保証されるべき生をも消し去ろうとする。これが屈辱以外の何であろうか」。「在日朝鮮人の一女性として、ひらひらとは決して生きまい」と決意を述べている。
 日本と朝鮮半島とに生きる人々の歴史、文化を理解しつつ、共存していくことが大切。この楽しみな作家の夭折は残念至極。


「三国志 第3巻 草莽(そうもう)の巻」
吉川英治
三和書籍大活字本シリーズ

「おれには名馬、赤兎馬がついている」群雄並び立つ中、曹操、袁紹を敵に回した呂布は、次第に追い込まれていく。董卓亡き後、さらに苦境に陥った帝を助けた曹操は、丞相となり朝廷で躍進。また若き孫策は江東を平定し、小覇王と呼ばれるように。さらに淮南では、強大な勢力を誇る袁術が、自らを帝王と称しはじめる。翻弄される劉備の明暗やいかに? 栄華と混戦のの第三巻。(新潮文庫)
 本3巻、黒風白雨の段で、「敗走してきた劉備玄徳を、妻を殺し、その肉を煮て、狼の肉と云ってもてなす」話しが出て来る。
何か読み違えをしたのかと思わずページを繰る手が止まる。
 この話は、日本人のもつ古来の情愛や道徳では理解し難く、削除しようと思ったが、中古志那の道義観や、民情も伺われるし、そういう彼我の相違を読み知ることも、三国志の持つ一つの意義でもあるので、あえて原書のままにしたと筆者による閑話休題の挿入ががある。そして、日本の古典「鉢の木」の、立ち寄った旅僧をもてなすのに、大切にしていた梅、桜、松の鉢木を薪にくべる鎌倉武士の情操との比較で、それぞれの話は、狼の肉の味と梅の花の薫りくらいな心的内容の相違が感じられるとも語っている。
 確かに、賓客とはいえ、妻の肉でもてなすとは、中古志那では義侠となるのであろうが、理解の範疇を超えた身の毛もよだつ話、不気味さだ。これが、古来の中国なのかと、更に中国に対する嫌悪度が増す。 


「三国志 第4巻 臣道の巻」
吉川英治
三和書籍(大活字シリーズ)

献帝の秘勅による曹操暗殺計画は失敗に終わり、関わった者はすべて虐殺された。連判に加わっていた劉備も曹操に攻め入られ、大敗を喫して逃げ落ちる。捕虜となった関羽は、彼を高く評価していた曹操に臣下となるよう迫られる。苦闘と忠義の第四巻。(新潮文庫)
グットとくる、心が揺さぶられる展開。先が気になり思わずページを繰ってしまう。大活字シリーズの第5巻の発刊を待てず新潮文庫の第5巻を借りに行く。

 
2024.10 
「三国志 第5巻 孔明の巻」
吉川英治
新潮文庫

関羽は曹操の部下が守る五関を見事突破、ようやく劉備と再会を果たす。しかし、劉備の受難は止まることがなかった。呉の孫権と結んで袁紹を下した曹操に再び敗れ、劉表の食客になるも、そこでも命を狙われてしまう。間一髪逃げ延びた先で、劉備は軍師、徐庶に出会う。諸葛孔明がいよいよ登場。邂逅と展望の第五。(新潮文庫)
劉備玄徳は、徐庶の勧めで諸葛孔明を訪ねる事、三度。ようやく孔明に会う事叶う。さてさてどう展開するか、これからが実に楽しみ。


「三国志 第6巻 赤壁の巻」
吉川英治
新潮文庫

将軍は人の和をもって天下三分の大気運を興すべし。孔明は、劉備に心を動かされ、臣下となることを決意。二人は水魚の交わりを結ぶ。孫権のもとで発展を遂げた呉に目をつけた曹操。しかし呉の周瑜は曹操の求めに従わず、天下三分の計を持論とする孔明に煽られ、開戦へと突き進む。互いに策謀を巡らせながら、赤壁において両軍はついに激突。そして孔明の能力が次の脅威となるを恐れた周瑜は、彼の命を狙う。物語最大の山場を迎える、野望と決戦の第六巻。(新潮文庫)
緊迫感が高まり一層の面白みが強まってきた。中古志那の欺瞞の謀反の多さに驚き。自己中の中国人気質を表しているのかとも。


「三国志 第7巻 望蜀の巻」
吉川英治
新潮文庫

 天下分け目の決戦赤壁の戦いは、周瑜の呉軍が勝利を収めた。しかし劉備と孫呉は荊州をめぐる対立関係に。争いは諸葛亮の鮮やかな一計により劉備が先んじる。勢いを恐れた孫権は、妹を劉備に嫁がせ、婚儀にて彼を誅殺しようと画策。そのころ曹操は、赤壁の大敗を払拭すべく西涼に進出。三者の覇権争いが激化する中、蜀で劉備を迎えようという動きが起こる。逆転と義勇の第七巻(新潮文庫)。
魏、呉、蜀の覇権争いとは云え、よくもまあ次から次への争いなのだが、臨場感あふれる場面の連続で興奮の中で読み続けられる。


「三国志 第8巻 図南の巻」
吉川英治
新潮文庫

天子の儀を僭す曲者(曹操)。今日こそ大逆を懲らしめん。忠臣の諫めに耳を貸さず、九錫を得て、曹操は魏公に上り詰める。劉備は、魏呉の間にあってついに蜀を掌中に収め、国家の基礎を固める。あせる呉は荊州の返還を迫るも、留守を預かる関羽は拒絶。だが孔明は、魏の矛先を蜀から逸らすべく、あえて要求を受け容れ孫権と結ぶ。その読み通り、合ひにて孫権と曹操は死闘を重ねる。曹操、劉備は王の座に。興隆と乱戦の第八巻。

宦官の養子の子であったとの曹操の悪役ぶりに辟易する。三国志は、一騎当千の武将が華々しく戦いを繰り広げるだけでなく、数多の軍師がその智謀を競い合う世界である。 


2014.11 
「亡国のイージス」上・下
福井晴敏
講談社文庫

やっと、やっと読み終えた。暫くは文字を見たくないぐらい読み疲れた。やたらにローマ字表記の略称が多く煩わしい。軍艦の専門的説明が続き、とてもじゃないが付いていけない。専門的知識など全く筋の展開には不要。上・下合わせ千百ページを越す大作だが、半分の量で書けるのでは。読者を置き去りにした一人よがりの作品。
ただ、渇いた語り口で、息子の仇を討つために、北朝鮮工作員を絡ませ国家を相手に戦争を仕掛けるハラハラドキドキの奇想天外な展開には惹きつけられる。巻末の解説で、日本人の主体のあり方を問うていると書かれているが、大変な問題提起をしているには違いない。日本推理作家協会賞を含む三賞受賞作品だけあるんだが。 



 「百年の孤独」
ガブリエル・ガルシア=マルケス(鼓直 訳)
新潮文庫

コロンビアのノーベル文学賞作家、ガルシア・マルケスが1967年に発表した世界的ベストセラー。20世紀後半の世界文学の中で最も重要な作品とも。
コマンド村を舞台にブエンディア一族の繁栄と滅亡の100年を綴った物語。同じ名前の登場人物が多数登場、最初の者は樹につながれ、豚のシッポを持つ最後の者は蟻のむさぼるところとなる、死人の幽霊がでる、豪雨が4年、日照りが10年、ありうべからざる異常な事件、7世代にわたる荒唐無稽な長編小説。
無数の挿話が繋がりなく続くこともあって、血沸き肉踊る展開でもなく、綴られる景色が体に入ってこず、とてもではないが好きになれない。世界的ベストセラーというから何としもとの執念で我慢我慢で読み切ったが、何の感慨も、興奮も、教訓もなし。
新潮社の読み解き支援キット、家計図を参照し、自分なりの各章(各章が30ページ程からなり、全部で20章)の粗筋をまとめたが、馬鹿々々しくなって、第3話でやめた。
第1話(9∼34頁) 
物の名前すら知らず、いちいち指していた程の未開で、川の辺りに葦と泥づくりの家が二十軒ほどの小さな村に、毎年三月、ジプシー、メルキアデスが、文明の利器、磁石、望遠鏡とレンズ、天文学、錬金術を運んでくる。家刀自ウルスラが蓄えていた金貨すら使い皆の為に手に入れる若き族長、ホセ・アルカディオ・ブエンディアは、世界の不思議を見たいと仲間と共に、最初は二年四ヶ月程と旅に出る。科学の恩恵にあずからず、このまま朽ち果ててはと、もっと便利な場所に集落マコンドを移すことを計画。長男、アルカディア、14歳。 マコンドでの生まれた最初の人間が、次男、アウレリャノ、6歳。
第2話(35~62頁)
マコンド前史。ウルスラの叔母が、近親婚の弊害で豚のシッポを持つ子供を産む。死人の幽霊がでる。村を出て新たにモコンドを建てる。巨根を持つアルカディアと商売女ピラル・テルネラと情交。ピラルの妊娠。アラマンタ、娘の誕生。
第3話(63~95頁)
ピラル・テルネラ、男子を生む。アルカディアと呼ばれる。遠い親戚のレベーカを引き取る。マコンドの繁栄。町長、ドン・アポリナル・モスコテが来る

世界的ベストセラーが理解できない小生が情けない。


「日蓮 全一巻決定版」
童門冬二
Gakken

2000年、学研より出版の「国僧日蓮」上・下が改題され全一巻として今回、出版されたもの。
質朴なる聖人君子としてしか知らない日蓮、その人となりはどうであったのか知りたく読んでみたが、この本の内容たるや、日蓮を貶める物語で、果たして事実なのか、そもそも宗教家の一部は、傲慢、不遜、僭越、自惚れ、欺瞞そのもののところがあるが、宗教は、一つ間違うと怖いもの。
日蓮は、竜ノ口の刑場で首をはねられ、佐渡流罪の日蓮は、その魂魄だと。また、日蓮は上行菩薩の再誕とも言う日蓮。釈迦唯一の教えは、正法法華経で、それ以外、華厳、真言、念仏、禅全他はすべて間違い、偽り。よって、この国は祟(たた)りを受け、蒙古に侵略される。日本の今は亡国の危機と世情を騒がす。
果たして、蒙古襲来も無事収まり、自説が覆えり居場所を失った日蓮は、反省、自戒はなかったのだろうか。
私が、間違った読み方をしているのだろうか。




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