「水滸伝・十 濁流の章」
北方謙三
集英社

2010.11.2
官軍は遂に地方軍の切り札、代州の呼延灼将軍に梁山泊との戦いを命ず。馬を数十頭、横に繋いだ連環馬で押し寄せるとてつもない戦法で、初戦は呼延灼将軍の圧勝に終わる。ところが、呼延灼将軍が北京大名府に呼びつけられている間に禁軍将軍が勝手に追撃戦を挑んで梁山泊軍に敗れる。紆余曲折を経て、呼延灼将軍は、梁山泊に合流し梁山泊軍本隊総指揮を任される事となる。
「水滸伝・十一 天地の章」
北方謙三
集英社

2010.11.4
双頭山東の平原城郭の城門を見据えた。厚い扉である。後いくつ打ち破ればいいのか。厳しい長い戦いが続く。宋という国との戦いが、攻められるだけでなく、攻めるというこれまでとは違った段階に入ってきた。平原の城郭を攻め落とすも、梁山泊総師、晁蓋が開封府刺客の放った毒矢に射られ絶命。志なかばにた死す。一代の英傑が散った。
「水滸伝・十二 炳乎の章」(へいこのしょう)
北方謙三
集英社

2010.11.5
十数年も闇塩の道を動かしてきた闇塩の首魁、蘆俊義が遂に捕縛され、北京大名府地下室で凄惨な拷問にかけられる。読んでいて身の毛立つ。燕青が、叛乱軍闇部隊の助けを借り救出。一人で重傷の蘆俊義を担ぎ梁山泊に運び込む。正に息をつかせぬ展開。塩の道の痕跡を消すため梁山泊一万七、八千の全軍出動。六万の軍を擁す、この国の第二の城郭、北京大名府を攻略。梁山泊本隊、呼延灼総隊長が畏怖する雄州の官軍将軍、関勝も「男は、やはり思うさまにいきるべきだ」と、梁山泊に加わる。
「神々の山嶺(いただき)」
夢枕獏
集英社

上巻
2010.11.8
山岳小説と思っていたら、上巻終わり近くになって突如推理小説になった。カトマンドゥ登山用具店でレンズに斜めに罅割れが入っている蛇腹式の古い、ヒマラヤ登山史上最大の謎として残っているマロニーのものと思えるカメラが見つかる。盗品であったそのカメラはその後、元の持ち主、天才クライマー、羽生丈二の手元に戻る。羽生丈二。六歳の時に交通事故で両親を亡くし、その時の後遺症で、軽く左足をひきずるような歩き方になる。中卒の学歴。皆から馬鹿にした眼で見られると、人に出来ない事をやって見返してやりたい一心で岩を攀じる。まだ誰もやった事のない未登攀の岩壁に挑戦する天才クライマー。グランドジョラス冬季単独登攀の時、滑落し4時間半後、ザイルで宙ぶらりんになっている状態で気付く。それからヨーロッパ登山史上、類をみない事が始まる。肋が折れ、左腕、左足が全く利かないにもかかわらず、右手、右足、そして歯だけで10時間近く掛かって25メートルの岸壁を攀りきり、真冬に3000メートルを超える地点でビヴァークを二夜。鬼気迫る文章。背筋に震えが疾る。そんな事をしでかした男を捜しに日本からカトマンドゥにきた女が拉致され、羽生丈二は、その女との交換でカメラを手放すよう脅迫される。

「人は誰でも、様々な事情を否応なくひきずりながら、前の事が終わらないまま、次の事に入ってゆくのだ。そうすることによって、風化してゆくものは風化してゆく。風化しきれずに化石のように心の中に何時までも転がっているものもある。そういうものを抱えていない人間などいないのだ。」と心に翳を持つ男が深みのある表現力で描かれ、グイグイと引き込まれていく。461ページの分厚さも苦にならない。凄い作家が居たものだ。下巻の展開が楽しみ。

(先月中頃から半月、北方謙三ワールドに浸っていた。そうすると、なまじの本は受け付けなくなる。米国でのベストセラーと云うから開いた、探検史上最大の謎を追え「ロスト・シティ Z」もご退散願った。夢枕獏は違った。面白い。ただ、エヴェレスト頂上付近の北壁でうつぶせになったマロニーの遺体が発見されたのは、この小説が書かれた二年後の1999年5月。小説が書かれる前に遺体が見つかっていたら、この小説はどうなっていたのだろう。何故か、遺体からはカメラは、見つかっていないと云われている。) 

下巻
2010.11.14
ヴィクトリア十字勲章まで貰った元グルカ兵士の協力で拉致された女は救い出される。後は、羽生丈二の誰も成功した事のないエヴェレスト南西壁冬季無酸素単独登頂に挑む極寒の極限の世界、及び筆者が云う「世界一の山に登る男と云うシンプル極まりない話を、ただただひたすらに、心が擦り切れて、何もなくなるまで」が書かれている。羽生丈二の最後の手記「いいか。休むな。休む時は死ぬ時だ。足が動かなければ手で歩け。手が動かなければ指でゆけ。指が動かなければ歯で雪を噛みながら歩け。歯も駄目になったら、目で歩け。目でも駄目になったら、ありったけの心で想え」。自分の選んだ生き方に生命を賭けた生き様に身震いがする。表現力の見事さに惹き込まれる。マロニーを最後に見た男の言葉「人の人生に軽々しく価値などつけられない。その人が死んだ時、いったい、何の途上であったのか、たぶんその事こそが重要なのだ」が心に残る。最後に、羽生丈二の死体がマロニーの死体と共に見つかった時、私には全ての話が嘘になってしまった。実に残念。小説は、最後の最後まで、ほんと思える嘘でなければならない。
「1Q84 Book3<10月-12月>」
村上春樹
新潮社

2010.11.18
首都高渋谷線池尻近くの非常階段を下りて、月が二つ空に浮かんでいる「1Q84」の世界に入り込んでしまった青豆が、その道を逆に辿る事で無事に「1984」の世界に戻る事が出来た。カルト集団の依頼で青豆の所在を捜す元辣腕弁護士、牛堂の立ち回りが物語に緊迫感を与えてくれる。この動きの激しい迷宮にも似た世界にあって、二十年のあいだ一度も顔を会わせる事もなかった、少年天吾と少女青豆の心が、変わる事なく結びあわされるハッピーエンド。月が二つ、猫の街、リトル・ピープル、空気さなぎ、パシヴァだレシヴァだと云った訳の分からない話と、ハッピィエンドがどうつながるのか。筋の展開に関係してこない理解不能な材料が多く、退屈極まりない、終決間近の牛堂が殺されるあたりだけは緊迫感あるのだが、罪のないただの幻想小説としか思えない。
「いのちの一句」
いのち歳時記編集委員会
毎日新聞社

2010.11.19
本の副題「がんと向きあう言葉」のとおり、渥美清 フーテンの寅の孤心「あかとんぼしっとしたまま明日どうなる」、夏目雅子「間断の音なき空に星花火」他、俳優、俳人、作家、画家さまざまな23人が詠んだ「癌句とエピソード」が紹介されている。彼らの癌との出会いやその闘いの記録。種田山頭火「俳句ほど作者を離れない文芸はない。一句一句に作者の顔が刻み込まれてある」の正にその通り。
 
「本能寺の変」
藤本正行
洋泉社

2010.11.20
副題は「信長の油断・光秀の殺意」。光秀は何故謀反を起こしたのか。天下を狙って事を起こしたと云う「野望説」と信長の仕打ちを恨んだ結果起こしたとする「遺恨説」に大別されるこれまでに提示された見解にこたえる形で時代背景から始まって、光秀と重臣たちの最後までが書かれている。従来説の解説、反論が引用資料を示して詳細に説明されているが断定された結論はなく諸説の解説に終始した感じ。 
「小太郎の左腕」
和田竜
小学館

2010.11.23
阿呆じゃと遊び友達からも侮蔑される小太郎は、戦国に生きる者であれば誰であれ、戦慄をもってその名を聞いた鉄砲傭兵集団、雑賀衆の出であった。十五歳にもならぬ子供であったが、左構えの種子島を持てば、神の左腕を発揮する腕前であった。その腕前が不幸をもたらす。和田竜、三作目。驚きの展開だし、登場人物も魅力溢れていて、申し分が無いのだが、何故か小説漫画の感じがする。しかし、この小説を映画にしたら大ヒットする事間違いなし。 
「パレスチナとイスラエル」
高橋和夫
幻冬舎

2010.11.24
副題「なるほどそうだっだのか!」とあるよに、なるほどよく分かるように解説されている。題目倒れになる解説本が多い中にあって珍しく出来が良い。パレスチナの歴史から始まり、関連諸国の関与の関連でパレスチナ問題がひもとかれている。学者の解説本と云うより実務家の解説本と云った感じで勉強になった。 
「水滸伝・十三 白虎の章」
北方謙三
集英社

2010.11.25
北京大名府戦以後、戦いは新しい段階に入った。宋は遂に全力で戦う態勢に入った。軍船、水上戦の戦いも始まり、官軍は70船に対し、梁山泊は45船だが奇策で勝を得る。宋と云う国が底力を出そうとしている。北京大名府軍の北からの二万の大軍の奇襲で双頭山は壊滅的打撃を受ける。残った兵は、春風山に三百 秋風山に一千のわずか千三百。官軍攻囲の軍は更に増え三万に。双頭山総大将、朱仝の鬼神の働きで何とか持ちこたえるが、朱仝は、救援に駆けつけた林冲を待って、その腕の中で死ぬ。気力と死のせめぎ合い。正にこれが壮絶な男の死と云った迫力。ドスンと腹の底に響いてくる筆者の筆力に感嘆。
「城をとる話」
司馬遼太郎
光文社文庫

2010.11.30
伊達と上杉が鎬を削る東北の国境、伊達が築いていた小城を、一人でこの城を乗っ取ろうと、命を賭けて途方もない馬鹿騒ぎをしてみたいと云う男を描いた、ばかな、信じがたいほどの物語。この作品は石原裕次郎に依頼され書かれたもので、石原プロ映画「城取り」の原作となった。「男はこうありたい」との思いに生きた男が描かれているのだが、読み終わった時、どうしようもない虚しさ、やるせなさ、寂しさに襲われた。人間、夢を果たす前、途上で息絶えるべきと。果たした後は消え去るしかない。 

Home  Page へ







読書ノート   トップへ

読書ノート

(本タイトルのフォント青色の書籍が、私の好きな「100冊の本」候補)

2010.11